第178話 テーブルを囲んで

 椅子に座ったまま、先生のことをぐるぐると考えていた。


 森を彷徨さまよったときも、あのスラグとの戦闘も、王都に来てからの先生がやっていることも、どれも一歩間違えば死ぬかもしれなかったんだと、当たり前のことに今さら気がついた。


 根拠もなく、先生なら切り抜けられるんだと、そんな風に思っていた。

 自分だって死ぬかもしれなかったんだけど、それも、先生が守ってくれるから大丈夫だと思っていた。


 先生を失うのが怖い。


 寝室のドアを見つめながら、カップを口に運んではからであることに気がづき、ため息をつく。


 死んでるんじゃないかと不安になって、そっとドアを開けて先生の様子をうかがう。

 すうすうと規則正しい寝息が聞こえてきて、ほっとしてまた椅子に戻る。


 それを何度も繰り返していた。


 玄関のドアが開き、トビさんが帰ってきたときには、いつの間にか外が暗くなっていた。

 食卓の上には分厚い魔術の本が開いたままになっていて、その文字はもう読めない。


 何やってんの? とトビさんは、ランプの魔石に魔力を通してあかりをつけた。


 これノトに、とトビさんが、手にしていたものを、テーブルの上に置いた。


 私はそのたばから一本を手に取り、まじまじと見る。


 手からひじまでくらいの長さのそれは、根元から先端まで細くて、持てば軽くしなる。葉も細長い。

 そして、特徴的な、青と茶色のまだら模様。


「ハラリコの、木の枝?」


 私でも知っているくらい有名な、滋養強壮に効く薬草だ。


「こんなに高価なものをどうやって?」


 森にはえてたからとってきた、とトビさん。


「はえてたって……」


 私は絶句した。


 王都そばの森は、場所柄、危険な獣はすぐに討伐される。だから他の森と比べれば格段に安全で、入る人も多い。


 こんな高級なものがその辺にはえていたら、あっという間に採り尽くされてしまうだろう。

 いったいどこにはえていたのかしら。


 まじまじと枝を見ていたら、ごはんまだ? とトビさんが目の前の席に座った。


「今作るね」


 先生が目を覚ましたときのために、栄養のあるものを用意しないと。


 体が重たくてしかたがなかったから、テーブルに手をついて、よっこらしょと立ち上がった。




 ハラリコの枝は葉ごと短く切って水にさらし、青色が抜けたところで水で煮出す……のよね。

 学園の授業を思い返しながら、枝を刻んだ。


 それを水でさらしている間に、もう一品作る。


 家にある野菜を全てみじん切りにして鍋に入れ、火にかけた。

 炒めていると、たくさん入れたサルリから水分がどんどんどんどん出てきて、やがて鍋一杯のスープができた。

 味はナルタソースで薄味に。


 ハラリコの色が抜けたのを確認し、リリ麦と水と一緒に別の鍋に入れ、弱火で沸騰するまで待つ。


 その間に、メインを作る。

 といっても、先生は体が受け付けないだろうし、私も食欲がない。

 だからこれはトビさんの分。


「そふぃ」


 しかし、魚を一匹だけ保冷庫から取り出したところで、トビさんから、いっぱい食べてきたから作らなくていいよー、と優しい言葉をもらった。


 それに甘えることにして、塩でリリ麦の味を調整して完成とした。


 スープとスープになってしまったけど、パンよりもリリ麦の方が消化がいいし、くたくたになるまで煮込んだ野菜もそうだ。

 なによりまだ修行の身だ。技のバリエーションは少ない。



 四人掛けのテーブルに二人で向かい合わせに座り、二人だけの夕食が始まった。


 トビさんは献立こんだてに文句を言うことなく、美味しそうに食べている。

 スプーンの使い方も、だいぶ様になってきた。


 両方の皿を行ったり来たりしながら食べていると、じんわりと温かくなってきて、体に栄養が染み渡っていくような気がした。

 ハラリコの効果なのかもしれない。


 私が半分も食べないうちに、ぺろりと平らげてしまったトビさんは、自分でおかわりをよそって、再び食べ始めた。


 おしゃべりもなく、部屋にはスープをすする音だけがしていた。


 とそこへ、寝室のドアが開いて先生が出てきた。


「先生!」


 私がカチャンとスプーンを落として腰を浮かせると、現れた先生は、だるそうにドアのふちにもたれかかった。


「ソフィ、何か食うもの」


 先生はかすれた声でそれだけ言って、ずるずると座り込んだ。


「はい!」


 スープ皿によそいながら、私は泣きそうになっていた。


 久しぶりに聞いた先生の声。 

 私の名前を呼んでくれた。

 

 先生が元気になったことよりも、そっちの方が嬉しくて、自分が少し嫌になる。


 私がテーブルに皿を置くまでに、トビさんが先生を支えて椅子に座らせていた。


 三人で食べるのも、すごく久しぶり。


 誰も何も言わない。

 私も話しかけられない。


 それでも、三人でテーブルを囲めているのが幸せだった。


 食べ終えた先生は、無言のまま立ちあがり、そのまま部屋に戻ってしまった。


 先生がいなくなったあとは、空間が欠けてしまったような寂しさが部屋に生まれていたけど、私の胸はぽかぽかと温かかった。


 ハラリコのせいだけじゃないと思う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます