第170話 連行

「そりゃめでたい。さぞかし女王陛下もお喜びになるだろうよ。だが何度も言うように、あたしには何のことだかわかんねぇな」

「まだしらを切りとおすおつもりか」


 大臣が呆れてため息をついた。


「あたしが女王だなんて、んな突拍子もねぇことをぬかしといてよく言う。大臣の一人が妄想にとらわれてるっちゃあ、女王陛下も大変だろうな。よく見ろ。あたしは黒だ。これ以上の別人である証拠はねぇだろう?」


 リズが後頭部で結んだ髪を手繰たぐり寄せると、大臣がまた大げさにため息をついた。

 こちらの神経を逆なでするような、イライラさせられる仕草だ。


「陛下が御髪おぐしの色を偽っている証拠は押さえております。そのほか、病気でせっているはずの部屋から抜け出す算段、不在の間の身代わり、儀式で使うを届ける方法に至るまで、全て。言い逃れなさることは、最早不可能なのですよ」

「はっ。作り話だろ。誰に吹き込まれたんだから知らねぇが、一々真に受けて、ご苦労なこった」


 だんだんリズの返しが苦しくなっていく。


 国軍が出てきて、しかもなぜか師匠がいる状況で、いくら違うと突っぱねようが、連行される未来は確定している。

 そうなれば、いつまでも隠し通すことはできないだろう。


 バドゥ大臣が、勝ち誇ったような顔をした。


「証言したのは、そこにいる、協会会長です、陛下」

「馬鹿な!」


 真っ先に反応したのはシャルム。


「貴様、さっきから黙って聞いていれば……!」


 大臣に食ってかかったシャルムは、さっと大臣の前に割り込んだ近衛このえ兵によってはばまれた。


「どけっ!」


 シャルムの細腕では、近衛兵を動かすのは無理だった。


「会長が洗いざらい話してくれました。陛下ならおわかりでしょう、この意味が」


 近衛兵に守られたバドゥは、シャルムなどいないかのように無視をして、リズに畳みかけた。


 すると、後ろから感じていたリズの覇気が消え、代わりに、ふーーーー……っと長い呼気が聞こえた。


「バドゥ大臣」


 静かな、とても静かな、柔らかな声だった。


 それがリズが発したものだとは信じられず、振り返ってしまった。


 そこには――女王陛下が、いらっしゃった。


 後ろで結んでいた髪を下ろし、血と汗と土にまみれ、胸を極端に強調した露出の多い服装。手には武骨な剣。


 だというのに、まとう空気と、そしてその表情は、まごうことなき女王陛下のものだった。

 

 横で腰を抜かしたソフィがへなりと座り込んだ。


「そなたの言いたいことはわかりました。王都に戻り、妹へ王位を譲りましょう」

「……え、ええ、ぜひに」


 バドゥは突然のリズの変わりように絶句したが、すぐに己を取り戻した。

 自信満々にリズを女王陛下と断定している本人なのだ。真実であったことに驚いてはいられない。


 パースが軽く目を見張り、近衛兵の中にもわずかに動揺が走ったところを見ると、聞かされてはいたものの、ようやく実感した、というところか。


「陛下! 何をおっしゃっておられるのです! それでは陛下と国民が……!」


 シャルムが向き直ってリズにとりつく。


「シャル、わたくしのことはよいのです。王位を継承するときに覚悟していました」


 リズ――女王陛下が、まっすぐに下りた髪を寂しそうになでた。


「ですがっ! ――あの男を殺せばよいのです。そうすれば事実が漏れることはない」


 キッとバドゥをにらみつけたその視線には、それだけで人を殺しそうな呪詛じゅそがこめられているようだった。

 気圧けおされたバドゥが後ろに下がり、カシャンと鎧に当たる。


「無理なのはわかっているでしょう? この場にいるのは大臣だけではないのよ」


 幼い子をなだめるように陛下がおっしゃる。


「会長! なぜ、なぜあなたがこんなことを!? 会長は陛下の味方だったではないですか! なのに、こんな……!」


 シャルムが師匠を見る目は、親に見放され、途方に暮れた子どものようだった。

 対する師匠は顔色一つ変えない。隣のパースも退屈そうにしているだけだった。


「そういう約束なのです。――わたくしのことよりも、目処が付いた、と思ってよいのですね?」


 前半はシャルム、後半は師匠に向けられたものだった。


「もちろん」

「ならばよいのです。わたくしがどうなろうとも。国民が安全にすこやかに穏やかに暮らしていけるのなら。それがわたくしの願いであり、女王としてのつとめであり、わたくしが生きている意味なのだから」

 

 シャルムが、ぐっとこぶしを握りしめ、唇を噛みしめた。

 両方から血が流れ、目からは涙があふれた。


「話はついたようですな。――それではさっそく参りましょう。このような危険で汚い場所からは一刻も早く抜け出すべきです。街についたら、すぐに湯あみとお着替えの準備を整えますゆえ」


 バドゥはころりと態度を変え、猫なで声で言った。


 リズ――陛下が、俺の横を通りすぎてバドゥの方へと向かっていく。

 近衛兵がリズを守るようにリズとシャルムの周りを固めた。


 リズがちらりとこちらを見た。


「待ってください」


 制止したのは、俺だった。

 自分の口から出たことに自分で驚いてしまう。


「えと、あの、その……」


 どもりながら、頭を働かせる。


 だってわけがわからない。


 地面に描かれた魔法陣を調べに来たら、国軍の隊長に襲われ、そいつが魔石を使ったかと思えば地面に魔法陣が現れ、投げた赤い球を吸収したスラグがドラゴンもどきになってしまった。

 やっと倒したと思えば、師匠と、リズの正体を知っている大臣が現れ、リズを連れていくという。

 しかも、その正体をばらしたのが、リズとシャルムの協力者であったはずの、師匠。


 一体全体どうなっているんだ。

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