第169話 大臣

「師匠、なんでこんなところに?」

「会長! なぜここに?」


 師匠に駆け寄り、俺とほぼ同時に声を発したのはシャルム。

 シャルムの後ろに続いたリズも驚いており、二人とも師匠が来ることは知らなかったらしい。


 トビの明るい赤ではなく、もっと深みのある赤――真紅の波打つ髪を持ち、同じ色の真っ赤な口紅が三日月を形作っている。

 いつものケープほどに短いローブではなく、脚まで届くマントを体にまとっていた。

 前の合わせ目から見える服は、軽装ながらも旅装とわかるもので、右手には握りに細かい魔石の装飾がほどこされたスティック状の杖。


「この子がちびだね。そして、あそこで大の字になっているのが孫弟子か」


 師匠は俺たちの疑問には答えずに、トビとソフィに目をとめた。


「パース! いつまで寝てるんだい!」

「……局長、遅いですよ」


 師匠が声をかけると、ソフィの後ろで気絶しているはずのパースが起き上がった。

 ぱんぱんとローブの汚れを払い、近づいてくる。


「危うく死ぬところだったじゃないですか」

「ノトに渡したんだね」

「ヤバかったら渡していいって言ったのは局長ですよ。本当にヤバかったんですから」

「どうせビビって魔力切れしてぶっ倒れたんだろう」

「……よくご存知で」

「あんたは昔っからそうだからね」

「わかってるならこんなところに引っ張り出さないで下さいよ」


 俺たちのことを無視して、二人だけで会話が進行していく。


「あの、師匠……?」


 おずおずと話しかけると、やっと師匠と目が合った。


「困りますよ会長、ひとりで先に行かれては。ここは危険な――」


 しかし、師匠の開きかけた赤い口から言葉が出るよりも前に、後ろからよろいを身につけた男が現れた。

 鎧に描かれた紋章は、国軍の、それも女王陛下直属の――近衛兵のものだった。

 

 鎧の男は俺たちを視界にとらえると、わずかに目を見張って言葉を途切れさせたあと、目尻を緩ませた。


 さらに兵がぱらぱらと後に続き、師匠の斜め後ろに最初の男が立ち、その後ろに十名ほどの兵が横二列に並んだ。

 対してこちらは、パースが師匠のそば、俺とシャルムが正面、リズが俺たちのやや後方、トビがその後ろ。

 そしてソフィは離れた所で大の字になっている――のではなく、兵たちが現れたあたりですぐ後ろにきて、俺のそでをきゅっとつかんでいる。


 何事かと相手の反応を見守っていると、兵たちを押しのけるようにして、背の低い男が前に出てきた。


 肩までの髪は緑色で、顎髭あごひげをたくわえている中年。

 やや出っ張った腹を包むのは、森には似つかわしくない、一目で高級だとわかる布をたっぷりと使った、ゆったりとした紫色の服だ。

 ひらひらとしたすそからのぞくのは、くるぶしまでの金色の革靴。平らでかたい靴底では、舗装ほそうされた道ならともかく、街の外ではさぞかし歩きにくかろう。


 あぶらぎった大きな顔についた小さな二つの目は、俺とシャルムを追い越してリズを見ていた。

 薄い唇が、楽しくて仕方がないといったような笑みを形作っていた。


 どこかで見た顔だ。

 王都の……ダメだ、思い出せない。


「バドゥ」


 ボソッとシャルムが呟いたのは、国の中枢をになう、大臣の名前だった。


 そうだ。バドゥ大臣。

 王都の式典で見たことがある。


 担当は……えっと、何だ? 教育? 財政?


 政治にも権力にも全く興味のない俺は、バドゥが何の大臣なのかもわからなければ、どうしてここにいるのかも検討もつかなかった。


 バドゥが目をギラつかせ、さらに一歩前へ出た。

 師匠がその様子を冷ややかに見ている。


「アリステル女王陛下」


 ねっとりと絡みつくような声に、どくりと心臓が跳ねた。

 シャルムも隣でピクリと身じろぎをする。

 ソフィがちらりと俺の顔を見上げてきたが、すぐに目線を前に戻した。


おそれながら申し上げます。陛下におかれましては、すみやかに王都にお戻りになり、退位の儀をり行って頂きたく存じます」


 ソフィが袖を強く引く。

 だが俺はバドゥから目を離せなかった。


「それ、あたしに言ってんのか?」


 リズが低い声で冷たく返し、ソフィがバドゥとリズを交互に見た。


「もちろんです、陛下」

「なんのことだかわからねぇな」


 とぼけるリズを無視して、バドゥは続ける。


「議会で満場一致で可決されました。陛下はまつりごとないがしろにして、王都にはほとんどいらっしゃらないご様子。また、この国の女王としての資質にも少々疑問がございます」

「貴様っ!」


 シャルムが噛みつくが、バドゥの笑みは崩れない。

 それどころか、シャルムの言動に確信を得て、さらに笑みを深くした。


「妹殿下が先日めでたく成人のしるしを得られました。ですから、どうか一刻も早く王位をお譲り下さい。これ以上自国の民を危険にさらすおつもりですか?」

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