第八章 手

第168話 戦闘を終えて

「お、おい、トビ、急にどうした」


 トビが突然人間の姿になった。

 ぎょっとした俺のことは気にもとめず、全裸のまますたすたぶらぶらと歩いて来た。

 俺の方に来ているのかと思いきや、トビはリズの前で立ち止まり、リズのかたわらにある剣を指した。


「リズ、トビが剣を借りたいそうで――」


 リズの顔を見て、俺は固まってしまった。


 リズの目は左右に泳いでトビからは外れていて、顔は耳まで真っ赤だった。それこそ、トビの髪の色ほどに。

 いつものニヤニヤと人を食ったような態度はなりをひそめていて、ぎゅっと結ばれた口元たけが、強気さを辛うじて保っていた。


 夕食時に男と連れ立って店を出て行った、ある日のことが目に浮かぶ。

 男の体なんて、見慣れているんじゃないのか?


 リズなら、容赦なく蹴り上げたり、握りつぶしたり、切り取ったり――考えるだけできゅっとなった――しそうなものだ。


 だというのに予想外の反応で、戸惑ってしまった。


「ん」


 トビがリズに手を差し出す。

 しかし、リズは顔をそむけていて気がつかない。

 いや、気づいていないふりをしているのか?


「剣を借りますよ」


 居たたまれなくなってリズの側に寄り、リズが頭をかくかくと振ったのを確認してトビに剣を渡した。


 トビはすたすたと死体の所へ戻っていった。


「トビ、服だ、先に服を着ろ」


 顔だけで振り返ったトビは、忘れてた、と服を探してきょろきょろとあたりを見回し、遠くに発見したのか、向かう方向を変えた。


 そういやソフィはと目を移せば、変わらずどこを見てよいのかわからない体勢で、トビのことは見えていないようだ。


 そこではっと気がつく。

 配慮すべき人物がもう一人いる。


 後ろにいたシャルムは、腕を組んでむすっとしていた。


「リズに変な物を見せるな」


 全く動じていない様子だ。


 しかし俺は見逃さなかった。

 シャルムの耳が少し赤くなっていることを。


 やっぱりなんだよな。

 

「気をつけさせ――気をつけます」


 少し笑いを含んだ声になってしまった。


「何がおかしい」

「いえ、なにも」


 じと目でにらまれて、怠けたがる体にむち打ち、退散することにした。

 トビ――と飼い主である俺のが悪すぎる。


 戦闘のどさくさにまぎれてどこかへ行ってしまった自分の剣を探すことにする。


 歩き回ってみれば、果たしてそれは、土を半分かぶった状態で見つかった。


「あったあった」


 正直、リズの剣を握った後では、デザインも振りやすさも切れ味も劣るこの剣を使う気にはなれないが、まさか手ぶらでいるわけにもいかない。


 休憩が終わったら、これからどうするのだろう。


 そう思って、仲間の面々を見渡した。


 だらしなく座り込んだリズと横にしゃがんだシャルムが何やら話している。

 今後についてだろう。


 ソフィは仰向けに、その後ろでパースがうつ伏せに倒れている。

 この二人は起こさないと。


 トビは、掘り返された地面のふち、木々の立ち並ぶあたりで、ようやく服に手をかけたところだ。

 以前教えた通り、パンパンと土汚れを払っている。


 みんな無事だ。


 なんとなくほっと息をついたとき、突如としてトビが大きく後ろ――木々から離れる方向に跳んだ。


 腰を落とし、茂みの向こうを警戒しながらじりじりと下がって来る。


 敵か――。


 リズたちも警戒態勢をとったのが気配でわかった。


 がさっと茂みが大きく揺れる。

 

「なんて格好してるんだい」

「師匠!?」


 そこに現れたのは、元魔術研究局局長、現魔術院院長かつ協会会長である、俺の師匠だった。

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