第167話 断面

 空中では軌道を変えられない。


 障壁は使い切った。

 斬る……なんて芸当が俺にできるわけもなく。


 振りかぶった姿勢のまま、顔の前でひじそろえ、ガードの構えをとる。


 覚悟を決めたとき、眼前にせまりくる炎の球が、横から高速で激突した小さな炎の球に弾き飛ばされた。


 顔の前を炎がかすめ、ちりちりと前髪が焼けるにおいがした。


 間一髪、おそらくトビの機転で、炎に包まれることはさけられた。


「っ!」


 しかし、その炎の背後には一回り小さな炎が一球ひそんでいた。


 あわや激突というところで、ソフィの振り絞るような金切り声と共に障壁が生まれ、炎の球ははばまれた。


 視界が開けると同時にすかさず下げた肘を持ち上げ、体を大きくらせる。


「おりゃああぁぁぁぁぁっっっ!!」


 跳んだ勢い、筋力増強、振り下ろす腕の力、限界まで反った体を屈曲させる腹筋。

  

 それらすべてを掛け合わせ、全身全霊の力で敵のうなじに剣を叩きつけた。


 白い煙を割って鱗に当たった刃は、あめ細工のようにそれを易々やすやすと割り砕き、皮膚を切り裂き、肉へと到達した。

 骨に当たると思われたところで、衝撃に備えてつかを握る力を強める。


 が、覚悟していた骨の抵抗は全くなく、ごりっとわずかな振動が伝わるのみで、刃はさらに深く肉を斬り割っていった。


 いつの間にか刀身はうっすらと光をまとっていて、強化の魔術がかけられていた。


 しかし、分断まであと僅かのところで、剣が止まってしまった。

 リズなら斬り切ったのだろうと、奥歯をギシリとむ。


「くそっ」


 仕方なく剣を引いて地に降り立ち、もう一度と破砕器に手を伸ばす。


 その時、再生しかけている両前脚を使い、敵が体を起こした。


 肩は持ち上がるが、千切れかけた首はついて来ず、切り口が蝶番ちょうつがいのようにぱかりと開く。


 血は出ていない。

 血抜きをしたあとの生き物のように、てらてらと光る肉の切り目と骨の断面、空洞になっている食道が丸見えで、その状態でなお相手が動いていることに、どうしようもない気持ち悪さがこみあげてきた。


「貸せっ!」


 たじろいだ俺の後ろから、リズが剣をもぎ取り走り抜けて行った。

 

 踏み切るその足元を、絶妙のタイミングでシャルムが強化し、リズは跳んだ。


 大きく跳んでいた俺とは違い、高さは起き上がった肩に届くほどしかない。


 最高点に達するところでリズは前方に回転しながら、蝶番のつなぎ目に斜めに剣を刺し込んだ。

 回転は止まらず、その勢いのまま剣は肉を縦に切り裂いていく。


 ギリギリと刃が鱗の内側をこする音がした。


 リズが振り切ったとき、鱗だけでぶらりと垂れ下がった首が、パキンという音とともにぼとりと地に落ちた。


 治りかけの前脚で支えていた胴もバランスを崩して横へ倒れていった。


「や――」


 ――ったか、と足の力の抜けて後ろに倒れそうになったところで、きれいに見えていた断面から、白い煙が出てきた。


 これでもダメなのか。


 後ろに置いた足で踏みとどまり、目を閉じ、まぶたを開けるその動作で、えそうになる気持ちを振り払う。


 破砕器を手に、武器を探して視線を走らせる。

 ふと、俺の剣が視界のすみに映った。


 あんなところに。


「ノト」


 剣目掛けて一歩踏み出したとき、リズから声がかかった。


「もう終わった」


 え、と見れば、断面を覆う白い煙が、ふぅっと風に流された。

 それ以上の煙は出てこない。


 翼をばたつかせながらさささっと小走りで近づいたトビが断面に食らいついたのを見て、本当に終わったのだと実感がわいた。


「疲れた……」

 

 力が抜け、ばたりとその場に仰向けで倒れる。


 声を張らなくても聞こえる距離で、リズが座り込んだ。

 両手を後ろに突き、俺と同様に空を仰ぐ。


 雲の多い青空が広がっていた。


「気を抜きすぎだ。ここは森の中だぞ。まだ異常なスラグがいないとも限らない」


 シャルムが歩み寄って来る。


「シャルムがいますから」


 シャルムは、仕方ないな、とばかりに息を吐いた。

 

「そうだ、ソフィは?」


 上体を起こしてソフィを見れば、俺が障壁で雷を防いでいた場所で、同じく大の字になって転がっていた。

 足をこちら側に向けて大きく開いているせいで、スカートの中がよく見える。


 令嬢としてのつつしみはどこへいったのやら。


 あれは下着ではないと自分に言い聞かせ、死体となった敵に向き直った。


 トビが頭側の肉を食いちぎっては捨て、食いちぎっては捨てを繰り返し、奮闘している。

 赤い球を探しているのだろうが、あの分じゃしばらくかかりそうだ。


 のんびりと眺めていると、きゅいーきゅいーっとこちらを向いたトビと目が合った。

 手伝ってと訴えてくるが、しばらく動きたくない。

 

「悪い、今は無理だ」


 ひらひらと手を振ると、トビはきょろきょろとあたりを見回し、遠くの一点に目を止めた。

 

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