第165話 半身

 光は閉じたまぶたを容易に通過して目に突き刺さった。

 後ろを向いても目が開けられないほど、世界は真っ白な光に包まれていた。


 同時に、地が割れたのではないかと思うような音が体を震わせ、衝撃波が周囲の物を吹き飛ばしていった。

 障壁が数枚破壊される。


 しかし、それらは副産物に過ぎない。


 まぶたを閉じる直前に目に焼き付いたのは、ぶっとい光の帯が敵を貫いた光景だった。

 真っ直ぐに落下したあれを、果たして稲妻いなずまと呼んでよいものか。


 雷というのは、何度も折れ曲がりながら宙を駆けるもの。

 今まさに、バリバリとやかましくがなり立てながら中心部から間断なく四方八方に飛んでいる、こういうのを指すんだ。


 最初の閃光は収まったが、がりがりと容赦なく障壁を食い荒らす、蛇のようなそれらが障壁にぶつかるたびに強い光を放つため、依然視界は光で塗りつぶされていた。


 手探りで破砕器に欠片を詰めていく。


 背を向けてちかちかと残像の残る目でソフィを見れば、口をぱくぱくと開閉させていた。


 驚いて何も言えないのではない。

 詠唱が、稲妻の激しい音にかき消されているのだ。


 障壁を張ろうとしているのだろう。


 だが、ことわりの言葉を高らかに叫んでも、障壁が生まれることはない。


 ソフィは起動することのない魔術を、何度も何度も唱えている。

 魔力だけが、無意味に散っていく。


 小声で足りるシャルムならともかく、大声を出さなければ魔力を乗せられないソフィでは、この音の渦の中で魔術を使うのは無理だ。


 不安に揺れる目で俺を見るソフィにやめろと叫ぶが、その声も届かない。

 ジェスチャーを交えても全く伝わらなかった。


 構っていられない。


 俺は満タンになった破砕器を片手に、前方に向き直った。

 

 もう障壁は数枚しか残っていない。

 一体いつまでこれは続くんだ。


 残っている障壁の魔法陣を、再び順に発動させる。

 最後まで使い切ったら、次は一度失敗した魔法陣を丁寧に起動していく。


 追いつかないっ!


 焦れば焦るほど上手くいかず、目の前でどんどん障壁が破壊されていく。


 最後の一枚が壊されるよりも早く、かろうじて障壁を追加することができたが、それも一瞬でかき消えた。


 俺は無意味に顔を腕でかばおうとして、それすら間に合わないことを悟った時には、体に雷が直撃――せずに、突如出現した障壁によって防がれた。


 ソフィによるものでないことは明白で、シャルムが助けてくれたに違いなかった。


 障壁はその後の二本の稲妻を防ぎ切り、唐突に雷の来襲は終わった。


 世界が色を取り戻し、視界が戻った俺の目に映ったのは、左半身を失い、断面を黒く炭化させた敵が、最初の落雷地点に横たわっている姿だった。


 雷ってのは、全身に影響を及ぼすものではなかったか?

 なぜ半身だけ消滅しているのか? というか、消滅するものか?

 それはもはや雷ではないのでは……?


 俺が戸惑っていると、シャルムの陰にいたトビがぴゅーっと飛び出した。


 遅れて無手のリズが走り寄り、同じく武器を持たない俺がさらに遅れて駆け出した。


 トビは、残った半身ではなく、無くなった方の左半身があった場所、けて一部ガラス質になっている地面の方に向かった。


 俺たちは当然残りの方へ。


 リズが近くに落ちていた剣を拾う。

 俺はメイスを探したが、見当たらなかった。


 警戒しながら近づく。

 離れたところから、ソフィの詠唱が聞こえ始めた。


「死んでる……よな?」


 リズが動かない敵を見て言った。


 全身――もとい半身の鱗が、無残にひび割れていた。


「さすがにこれでは生きていないでしょう。回復もしていないようですし」


 確かめるようにリズが顔を軽く蹴ると、鱗の欠片がぱらぱらと落ちた。


 反応がない。


 念のためとばかりに、リズは横になった鼻先に上がり、両手で逆手に持った剣をつかを上にして持ち上げ、閉じた右目を潰そうと垂直に降ろそうとしたその刹那せつな、それまでぴくりとも動かなかった敵が、突然頭を振り上げた。


「うわっ」


 リズは宙高く跳ね上げられ、顔をぶつけられた俺もその場に倒れた。


 敵は右の二本の脚と、失うことなく残った尻尾で器用に立ちあがり、無防備に落下してきたリズを、右前脚で叩き落とした。


「リズ!」


 悲鳴が上がり、シャルムが無防備にリズに走り寄った。

 そこへ迫る第二撃。


 それを俺とソフィの障壁がはばむ。


「リズ! リズっ!」

「……っててて」


 リズが痛そうに顔をしかめて体を起こした。

 無事なようだ。


「リズ、よかった……!」

安堵あんどしている場合じゃないですよ! 早く障壁を!」


 攻撃の反動でバランスを崩した敵は、即座に追撃してはこなかったが、立て直せばすぐにでも攻撃を仕掛けてくるだろう。


「これでも……まだダメなのかよ……っ」


 シャルムが詠唱を始めるとともに、敵の全身から白い煙が出てきたのを見て、リズがうめいた。

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