第164話 落雷

 途端にどすんと尻もちをつくソフィ。

 後ろに倒れそうになる上半身を両手で支え、そのあごからはぽたりぽたりと汗が落ちていた。


 投げた雷の塊は、バチバチと音を立てながら弓なりに飛び、もがき苦しむ敵の真上――からずれた位置に停止した。


「そんな……!」


 ソフィの甲高かんだかい声がした。


 いや、あの位置なら、剣があるのだからぎりぎり当たる。


 そう思ったとき、敵の爪が剣のつばをかすめ、ずるりと抜けた剣が叩き落された。


「あ」

「あちゃー」

「惜しい」

「うそ……」


 四者四様の落胆の声が漏れた。


 目を押さえた前脚の隙間から、剣の上にぼたぼたっと血が落ちる。


 痛みに我を忘れているのか、ほとばしる自身のうめき声が音をかき消してしまっているのか、鱗の隙間から生えた毛を逆立てながらも、浮かぶ稲妻の種には気づいていないようだった。

 そのまま剣の上にいてくれればまだチャンスはあったのだが、首を振って痛がる敵は、横によたつき、剣と距離を置いてうずくまってしまった。


 外れるのなら、今のうちに攻撃しておきたい。


 ぐっとメイスを握りしめるも、危なくて近づくことができなかった。

 リズは雷が落ちたらすぐに剣を拾いに行くつもりなのだろう。いつでも走り出せる体勢をとった。

 トビも駆け出そうと体を後ろに引いて、俺の足元で待機していた。


 唯一遠距離攻撃ができるシャルムは魔術を唱えている。

 結構大掛かりなものだ。


 いつもよりゆっくり――といっても常人よりはずっと速い――発声しているのは、組み立てを間違えないようにするためだろう。


 教科書通りの構文を唱えるだけのソフィとは違い、シャルムはふんだんにアレンジを加えている。

 俺が描く魔法陣も同じようなものだが、考えながら描ける俺とは違い、唱えながらその場で組み立てているのだ。尋常じゃない。

 

 雷が落ちるのを今か今かと構えて待つが、なかなか落ちてこない。


 と、不意に空気の塊が、すうっと宙に溶けた。


 失敗!?


 誰もがそう思ったが、圧縮された空気の陽炎かげろうのような揺らめきと、その周りに飛び散る火花は消え失せることなく、雲のように横に広がり、敵を覆うほどの大きさになった。

 

 ふわりと体中の毛が逆立ち、皮膚ひふを柔らかく撫でられているような感覚に包まれる。


 首の後ろがちりちりする。


 足元のトビが、きゅぅぅと鳴いて後ずさりし、ついにはその場で丸くなってしまった。


 まずい。

 これは非常にまずい。


 即座にシャルムが唱えていた魔術を捨て、障壁に切り替えた。

 質より量とばかりに、立て続けに障壁を展開していく。


 リズはシャルムの後ろにそっと下がった。

 

 バチッと右端の雷が弾けた。

 バチバチッと奥や左からも続く。

 今にもどでかい稲妻が落ちそうだ。


 俺も破砕器で障壁を張ろうとし、はっと気がついた。


「ソフィ!」


 見れば、しりもちをついた体勢のまま、口をあんぐりと開けてほうけている。

 先程は魔術の行使による疲労で力が抜けたせいだったが、今は腰を抜かしているのだろう。


 走り寄りながら名前を呼んでも、視線は火花を散らす雷に固定されて、動かない。


 ふところに忍ばせた魔法陣の残りの数と構成を頭に浮かべ、ざざっとソフィの前に滑り込んだところで破砕器を連続で弾く。


 大小様々な障壁が現れ、何重にも張られていく。


 いくつか不発の魔法陣があったのは、自分用の組成じゃないインクが使われているものが混ざっているのだから仕方がない。

 構わずに次へ次へと展開していく。


 シャルムの所にいた方が絶対に安全なのに。

 なんで俺がこんな危険を冒しているんだ。


 師匠は弟子を守るもの。

 そんな常識に惑わされて体が動いたわけじゃないことは自分でもわかった。


 後ろで転がっているパースまでもをついでに守ってしまうのがしゃくさわる。


 リズたちに会ってから、おかしくなった。

 以前の俺なら、最初の段階でおさらばしてただろうに。


 自嘲じちょう気味に笑って、余計な考えを頭から追い出す。


 かちりと乾いた音がして、破砕器が空振りした。

 魔法陣よりも先に魔石の欠片が尽きた。


 まだ足りないかもしれない。


「ソフィ!」


 火花と音とを増していく雷の塊を前にして、欠片を充填じゅうてんしていくのももどかしく、ソフィにも障壁を張らせようと叫ぶ。


 すると呼び声で気がついたらしいソフィが、俺が足元に放り出していたメイスをつかみ、遠くへぶん投げた。


 その直後、俺たちは閃光と轟音に襲われた。

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