第163話 稲妻

「シャルムにも伝えてきます」

「その必要はねぇよ。ガキの詠唱で気づいてる」


 少し距離があるシャルムには俺たちの会話は聞こえていないだろうが、なるほどソフィの大声なら十分だ。

 シャルムのことだ、意図も伝わっているだろう。


 あとはトビだが、チャンスがあれば伝え、なければ攻撃の前に離れろと叫ぶか。

 案外、トビもソフィの詠唱を聞いて勘づいているかもしれない。


 やることが決まれば、あとは実行するのみ。


 メイスを構え、敵をにらむ。

 とにかくまずはあのうろこをはがし、表皮を露出させないことには始まらない。


 リズと目で合図を交わし、同時に走り出した。

 振られた右前脚を左右に分かれてけ、リズは左から、俺は右から攻撃を仕掛ける。


 敵は振った右前脚をそのままに、俺の方へ体を向けた。

 

 鱗で弾ける斬撃ざんげきよりも、ひびを入れ、内部にも多少衝撃を伝えるメイスを防ぐことを優先したのかと思ったが、横から叩きつけられた攻撃を障壁で防いだ俺は、リズが尻尾の一撃を食らったのを見た。


 おそらく攻撃魔術を唱えていたのだろうシャルムの障壁は間に合わず、当然ソフィの援護もなく、剣で防ごうとしたリズは、勢いを殺しきれずに吹っ飛んだ。


 掘り起こされ、根っこごと倒れた木に腰をしたたかにぶつけたあと、そのままの勢いで頭から反対側へと落ちた。


 リズが吐き出した息と、きしんだ音が衝撃の強さを物語っていた。


 同時に敵の咆哮ほうこうと共に炎の球が出現し、ソフィへと向かっていった。


 しまった。

 今の持ちごまでは遠隔の障壁は作れない。


 ソフィが動揺して言葉に詰まる。


 ければよいものを、後ろのパースを気にして逡巡しゅんじゅんした様子が見て取れた。


 生身で盾になってどうする!

 そこは回避一択だろ!?


 その一瞬の迷いが、球の一つの直撃という結果をもたらした。


 ――と思ったが、直前でトビがソフィとの間に飛び込み、水平にひねった体の勢いを利用して、自分の体ほどもある大きさの球を、べしっと尻尾で弾き飛ばした。


 攻撃を覚悟して身を縮こませ目をつぶっていたソフィは、目を開けて何が起こったのだろうという顔をした。

 しかし目の前で翼を広げて敵を威嚇いかくしているトビを見て察したのか、「どうだ」というドヤ顔をしたトビに、発言するわけにはいかないので微笑みかけることで礼をして、詠唱を再開した。


 ほっと胸をなでおろした俺は、敵への警戒がおろそかになっていて、気がつけば目の前に鋭い爪がせまっていた。


 受け止めようとメイスをかかげる。


 が、振り下ろされた前脚の勢いを受け止めきれず、地に膝をつけてしまう。

 両手がふさがっているので破砕器も使えない。


 メイスを斜めに傾けて滑らせようとするが、体重をかけて踏みつけられ、ままならない。


 リズはそんな俺を余所よそに、相手の横っ腹に走り寄り、ふっと短く息を吐いて縦に剣を振る。


 ギャギャッと嫌な音を立て、剣は鱗をでるだけにとどまった。


 しかし、不意の攻撃に敵の力が緩み、その一瞬の隙をついて前脚の下から抜け出すことに成功する。


 ズン、とよくたがやされた土を踏みしめた敵の前脚に、お返しとばかりに内側からメイスを叩きつける。


 体重をかけていた脚を払われ、バランスを崩したところを、間髪入れずに反対側も払うと、相手は両前脚を開いた格好で頭を落とした。


 すかさず跳び上がり、振りかぶったメイスで鼻先を強打。

 ギシリと音がして、鱗の欠片が弾け飛んだ。


 それとほぼ同時に、リズが目を狙う。


 頭をついた拍子に目をつぶった敵は、開きかけた目でリズを視認すると再びまぶたを閉じようとするが、リズがその隙間に剣をねじ込む方が早かった。


 根元まで押し込まれた再びの激痛に、敵が咆哮ほうこうを上げ、頭を激しく振った。


 俺は後ろに跳び、リズは剣を手放して振り上げられたままに宙を舞い、くるりと一回転して着地した。


 鱗を破壊してやるという俺の意気込みと頑張りは無意味だったが……まあいい、準備は整った。

 ソフィの詠唱もちょうど終わったところだった。


 刺さったままの剣に、ソフィの渾身こんしん稲妻いなずまが落ち――ない。

 

 絶好のチャンスで、しかも頭にダメージを与えられるここをのがすわけにはいかない。


「ソフィ!」


 鋭く叫ぶと、ソフィははっとした顔をして、慌ててことわりの言葉を口にした。


 うわずったその声は、しかししっかりとその役目を果たし、魔術が発動する。


 頭上に上げた手のひらのさらに上に空気が巻き上げられ、球の形に圧縮されていく。

 やがてバチバチと弾けるような音と共に、そこに細く巻きつくように稲妻が現れた。

 走る閃光せんこうは、光るたびに太さを増していく。


 俺とリズとシャルムはなおも暴れている敵から距離をとり、シャルムが障壁を張った。

 トビもそこへ飛び込んでくる。


 敵の目からは白い煙が吹き出し、前脚で目を引っかいており、剣はいつ抜けてもおかしくなかった。


 「早くしろ!」と心の中で叫ぶ。


 それが聞こえたかのように、ソフィがキッと巨体をにらみつけた。

 

「行きますわっ!」


 かけ声と同時に振り下ろされた両手は、空気の塊を、それをまとう稲妻と一緒に、敵へと投げつけた。

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