第161話 噛み切り

 リズは顔を鱗に押しつけながら、ぐりっと剣をひねって傷口を広げ、斜め上へと振り抜いた。

 うろこふちに刃が当たり、ぎりりと鳴った。


 ングッと詰まったような敵の鳴き声がし、血しぶきのあとにどばっと大量の血が流れ出た。

 できるだけ飛沫しぶきを浴びないように体を傾けていたリズが、足下を流れ落ちてくる血を踏まないように後退してくる。


 遅れて白い煙が出てきた。

 もうもうと立ち上るそれが傷口を見づらくするが、致命傷だと思われたその傷が、ゆっくりと治っていくのは見えた。


 失血が先か、治癒が先か。


 だめだ。流れ出る血の勢いが減衰していくのが速すぎる。

 大量出血によるものではない。血管がふさがってきているのだ。

 

「ちっ」


 リズが更なる一撃をお見舞いしようと踏み出すも、鱗の上に流れた血が足を滑らせ、近づくことができない。


 俺が、とリズから剣を受け取ろうとしたとき、トビが翼を動かしながら俺たちの間を矢のように走り抜けて行った。


 速度を落とさず追突するようにあふれ出る血の中に頭を突っ込んだトビは、すぐに顔を出して、ぺっと外へと何かを吐き出した。


 肉を噛みちぎっているのか。


 喉をき切られた衝撃でびくびくと痙攣けいれんしている敵の上で、トビは何度かその行為を繰り返すと、最後にこちらを向いて口の中のものをべえっと吐き出したあと、それをぱくりと食べてしまった。


 俺は、血にまみれた肉のかたまりの中、球状のものが顔を出していたのを確かに見た。


 傷口が塞がれないように攻撃していたのではなく、あの球を取り出したのか。


 トビは用は済んだとばかりに、ぴょいっと飛び降りた。

 痙攣けいれんが収まり、起き上がろうと体を動かした敵の上から、俺たちも後を追って飛んだ。


「だめだったか」

「ええ、塞がってしまいました」


 シャルムと合流し、状況を共有する。


「あのちび、肉に埋もれてた球を食いちぎりやがった」


 傷がすっかり治って鱗の再生に入り始めた敵が、ごろりと寝返りを打つように立ちあがったのを見て、リズが剣を構え直す。


「同じようにして全部取り出してしまえば弱体化するのでしょうが、あの数を全てとなると、現実的ではありません」

「浅いとは限らねぇしな。内臓付近にあったらお手上げだ」

「……」


 シャルムはすでに詠唱に入っていて、返事はない。

 その代わり、うなずいて同意を示した。


「回復の効果は万能ではありません。一気に攻撃して、回復が追い付かないほどの傷を与えるのが最善だと思います」

「今のは割とハマった方だろ。あれで不足だってんなら、どんな傷を負わせりゃいいんだよ。あのインテリは伸びちまったし」


 パースは少し離れた所で、予告通りぶっ倒れていた。

 ソフィがその前に陣取っている。

 さすがに限界だったのだとわかっているようで、無理に起こそうとはしていなかった。


 敵は牙をむき出しにしてグルルと威嚇いかくしていた。

 さっきの攻撃がよほどこたえたのか、一向に近づいてこない。


「あのガキ、攻撃魔術も使えんだろ?」

「ソフィですか? リスクが大きすぎます。金髪による最大威力の無差別の魔術ですよ? 巻き込まれたら洒落しゃれになりません」

「何を今さらぬかしやがる。森ん中彷徨さまよってる間に散々使って来たんだろうが」


 リズがあきれてこちらを見た。


「あの時はあれしか方法がなかったと言いますか……」

「今は他に方法があるってのかよ」

「それは、そうなんですが……。残存魔力量も気になりますし、プレッシャーで暴走させる恐れもあります」

「うだうだ言い訳ばかり並べてんじゃねぇよ。嫌なら代案を出せ。ねぇならこれで決定だ。試す価値はある」


 シャルムが視線だけ向けてきうなずいた。

 援護は任せろということらしい。


「……わかりました。ソフィにやらせます。失敗しても怒らないでくださいよ。障壁要員が一人減るので、その分はシャルムにお願いします」


 シャルムは了解の意を、再び首を縦に振ることで示した。


「そういや、つえがあればまともな魔術を使えるんじゃなかったか? 学園でんなでたらめな威力の魔術は使えんだろ。シャルムが貸しゃいい」

「いえ、杖を使うと途端に小規模になるんです。あいつの攻撃には役に立ちません」

「極端すぎんだろ」

「仕様です」


 リズが苦笑いをした。


「ならさっさと呼んで来い……と言いたいところだが、あっちが待ってくれそうに、ねえっ!」


 敵が突然猛ダッシュしてきた。 


 止まる気配のない敵を、リズと俺はそれぞれ左右の地に転がってけた。

 幸いシャルムは軌道の外にいたため、無事だった。


 俺たちの間を走り抜ける結果になった敵は、背後の木に頭突きし、幹をへし折った。

 頭を低く保っていたのは、すくい上げる気だったのだろうか。


 俺とリズは動きを止めた敵に、すかさず走り寄った。


 跳躍して、無防備にさらされた尻に痛烈な一打を叩き込む。

 敵は勢いに負けて後ろ脚を折った。


 間髪入れずに、低くなった尻の、俺が作ったヒビのわずかな隙間にリズが剣をねじ込んだ。

 

 グオォと敵が鳴くが、痛みによるものというよりは、突然のことに驚いたという感じだった。


 すぐに煙が出てきて傷をふさごうとし、リズの剣が押し出されてしまう。


「やっぱ二人じゃだめだ。シャルムの魔術が加わっても足りない。ガキを連れて来い」

「……わかりました。ここは任せます」

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