第158話 予備

 斜め前方、敵の向こう側にいるソフィが心配そうな視線をこちらに向け、そしてふいっと目をそらした。


「あぁぁっ、くそっ!!」


 武器がないから役に立たない?


 違う。


 魔術が使えない。魔石も使えない。

 かといって、弱いとはいえ補助の魔法陣を使ってもリズほどに剣の腕がたつわけでもなく。


 悔しさに頭をかきむしる。


「リズは気が立ってるだけだ。役立たずなわけがないだろう。早く戦線復帰してくれ」


 いつの間にかそばに来ていたシャルムがフォローを入れてきた。

 続けて筋力強化を詠唱してくれる。


「わかってますよ。わかってます。ですが……」

「いつまで遊んでる気だよ。いい加減にしてくれ」


 口ごもる俺に遠くから追い打ちをかけてきたのはパースだった。


「自慢じゃないがこっちは一杯一杯なんだ。そろそろ魔力が切れる。最小限にコントロールできるような精神状態じゃないからな。ついでに魔力が尽きると同時に糸が切れるようにぶっ倒れる自信がある」


 言葉通り、やけに自信たっぷりな態度だった。

 先ほどまでのおびえた様子もない。


 しかし顔は真っ赤で、びっしょりと濡れた髪から汗が流れている。

 最後の気力を振り絞っているということか。


「特級魔術師さまとは違って、無印の俺は魔法陣がなきゃ何もできねぇんだよっ」


 自嘲するように吐き捨てる。


 半分はパースへの物言いへの怒り、もう半分は自分への苛立いらだちからだった。


 またソフィが視線を向けてくる。


 同情。哀れみ。諦念。


 ただこちらを見ている、それだけのはずなのに、俺の劣等感が勝手に意味を乗せていく。


「だからさっきから何を言って――」


 突然パースの周りを炎が取り巻いた。

 言葉がとぎれるが、直前にパースは手に持っていた魔石で障壁を張り、それを防いでいる。


「――あ」


 パースは使い終わった魔石をぽいっと捨てて次の魔石を取り出そうとしたが、そこにはなかったようで、探すように服の上からあちこちを叩いていたとき、変な声を漏らした。


 声は聞こえてこなかったが、口をその形に開けたまま一瞬固まり、こちらを気まずそうに見たその様子から、そう判断する。


 魔石が尽きたのかと焦ったが、魔石は別のところからあっさりと取り出された。


「あってなんだよ、あって」

「すまん」

「すまんじゃわからねぇよ」

「すまん」


 無表情で繰り返すのは、本気でまずいと思っているときのパースの癖だ。


「だからすまんじゃ――」

「手前ぇら、いつまでもくっちゃべってんじゃねぇ!! 状況わかってんのか!?」


 言いつのろうとしたところで、リズの怒りの声が飛んだ。

 さすがのシャルムもあきれ顔だった。

 気まずくてソフィの顔は見ることができない。

 

 慌ててパースが魔術を唱え始めた。

 その手が、俺を手招きしている。


 リズの視線を気にしながら近づくが、なおも手招きが続く。


 手が触れるほどそばに寄れば、パースが金属の筒を差し出した。

 高さも幅も手の平くらいの大きさだ。


 ふたは本体の上部四分の一ほどにかぶさるようについていて、その境目はろうで封印され、封蝋までついていた。

 その文様は、師匠のものだ。


「師匠から? なんで今?」


 詠唱を続けながらパースが謝罪のジェスチャーをした。


 こんなものを押しつけて申し訳ないという顔に見える。

 開けるのが怖い。


 かといっていつまでもちんたらしていると、またリズの叱責しっせきが飛ぶだろう。

 相手の攻撃は防げているが、俺たちは攻撃力が足りていない。

 いくら傷をつけても、たちどころに治ってしまうのは、やはりこたえる。


 俺は思い切って、蝋を切って筒を開けた。


 中には、幾重いくえにも重なった紙が外周に沿うように収められていて、中央には、袋が入っていた。


「なんだよこれ」


 パースが早く確かめろとあごをしゃくる。

 

 このタイミングで出てきたものがろくなものなわけがない。

 だが、師匠から託されてきたのなら、確認しないわけにもいくまい。


 俺は包みを取り出してから、紙を一枚引き抜いた。

 

 触り心地に覚えがある。


「は?」


 折り畳まれたそれを開いて、俺は硬直した。


 凝視しなくてもわかる。

 それは魔法陣で、まぎれもなく俺が描いたものだった。


「なんで、これが……?」


 見覚えがある。

 俺専用のではない。

 以前、依頼があったものだった。


 はっとして包みの中も確認する。


 そこには、普段俺が使っている破砕器と、そっくりな物が入っていた。


 っつーかこれ、俺のじゃん。


 表面についた傷や、手に馴染むように削った痕跡もある。

 家に予備として置いてあった物だ。


 家と一緒に燃やされたのでは?

 だが焦げ跡すらない。

 いくらほとんど金属とはいえ、火事の勢いなら変色や変形があってもおかしくない。


 俺は大混乱していた。


 破砕器が無事であることに。

 なぜか師匠が持っていたことに。

 そして魔法陣と共にそれをパースが持ってきたことに。


 もう何が何だかわからない。


 だが、それを考えている場合ではなかった。

 全ての疑問を「師匠だから」という理由に無理やり押し込める。


 なんにせよ、これで戦える。

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