第155話 誓い

 俺はすばやく前を向いた。


 見てない。何も見てない。


 あんなの腹に食らったら、口から内臓が飛び出そうだ。


 ぶるりと身震いしたあと、背後から、「いい加減に起きてくださいませ!」というソフィの声と、口から内臓が飛び出たらこんな音かもしれないなと思うような音が聞こえて来た。


 内臓破裂。肋骨ろっこつ粉砕。

 あとは何だろうか。

 大事なところがぺちゃんこに?


 想像しただけで、きゅっと縮みあがった。


 ……考えるのはよそう。


 嫌な汗をかいてきた。

 寝る時は障壁をかけておいた方がいいかもしれない。


 いやいや、だから考えるのはよそうって。

 今はそんなことを考えている場合じゃない。


 目の前の赤い獣は、緩慢な動きで攻撃してきて、その合間あいまにこちらも攻撃はするが、やっぱり硬くて刃が通らない。


「おいシャル、何とかしろ!」


 リズが無茶な要求をしたところ、シャルムから返答がきた。


 弓を引きしぼるときのピンとした空気と、きりのように鋭く作り上げられた、巨大な円錐状の岩の飛来をもって。


 それは獣の横っ腹に激突して、みしりと音を立てた。


 やったか。と思ったのもつかの間、ばきりと円錐が砕けてどすどすっと地面に落ちた。


 横から攻撃を受けた獣は、少しよろめいただけで平気な顔をしている。

 すぐにこちらへの攻撃が再開された。


 だめか。


 すると唐突に、ピキンと音がして、獣のわき腹のあたりから、細かいきらきらと陽光を反射して光る欠片が飛び出した。


 さらにシャルムの大きな火の塊が追い打ちをかける。


 またパキンと音がした。


「ノト!」

「はいっ!」


 俺はリズに返事をして、獣の横に回り込んだ。

 そこにはわずかだが、鱗が割れて皮膚が露出している部分があった。


 鱗よりも濃い赤色の皮膚は、なんだかぶよぶよしている。

 傷をつけたら何かよくない物がが吹き出しそうだ。


 とはいえ気持ち悪いとか言っている場合ではないので、躊躇ちゅうちょなくその部分を叩く。


 が、周りの鱗に弾かれてしまった。


 ならば。


 一度跳んで下がり、そこからステップを踏んで再び獣に飛びかかった。

 今度は切るのではなく、両手で逆手に持った剣を、思いっきりぶっ刺す。


 若干の抵抗をて、剣先は獣の体内へとずぶっと入り込んだ。


 ギャオンと獣が鳴き、急に暴れだした。

 剣をつかんだままだった俺は振り飛ばされ、剣だけが傷口に残される。


 これはあの時と同じパターンだ。

 剣に雷を落として内側から焼いてやれ。

 

「シャル――」


 ム、と続けようとしたが、振り返ることなく俺はその場にせた。


 その頭上を、バチバチと枝分かれしながら雷が通過していき、髪の毛がふわりとさか立った。


 瞬間、剣に雷が獣の体内で弾け、身をよじる獣のギャウンという鳴き声と、肉の焦げたようなにおいがただよった。


「っぶねぇ」


 あの炎の塊から今の雷までのタイミングが早すぎる。

 いくらシャルムが超絶早口だからって、連続であの大技は無理だろう。


 魔石にしては威力がありすぎるし、あとタイムラグなしで撃てるとすれば、魔法陣くらいしか……。


 立ち上がってもがく獣を警戒しながら頭だけ振り返れば、そこに仁王におう立ちしていたのはパースだった。


 その足元には魔法陣が――あるわけではなく、杖をこちらに向けている。


 魔術を使ったようだ。


 紫紺は原色に比べれば魔力量は低いが、そこは特級魔術師。

 連発はできなくても威力の高い魔術は放てる。


 ヘタレでもやるときゃやるんだな。

 どうせならもっと早く起きてくれればよかったんだ。

 ソフィが撲殺ぼくさつしようとしていたわけではなかったんだな。


「ごふぅっ、がはっ、げほっ」


 突然、パースの口から赤い液体が飛び出した。

 それはいつの間にか赤く染まっていた胸元を濡らし、地面に落ちる。

 固形物のようなものも混ざっていた。


 きっとタルルスープでも飲んできたんだろう。あれだけ赤けりゃさぞ美味かったに違いない。

 緊張で吐くなんて、よくあることだ。


 直視しないようにと視線をずらすと、パースの陰には、同じく仁王におう立ちしたソフィが。

 メイスの先を体に沿って地面に向け、口をぎゅっと引き結んでいる。

 反対の手はトビの手首をつかんでいて、何かあればすぐに障壁を発動させるのだとわかる。


 だが、うつ伏せになったトビが引きずられているようにも見え、視線が獣ではなくパースの背中をにらみつけているようにも見え、無意識なのか、メイスをどすんどすんと、持ち上げては落としを繰り返している様子が何とも言えない恐ろしさをかもし出していた。


 ソフィは絶対に怒らせないようにしよう。


 俺は改めて誓いを立てた。


「おい! よそ見してんじゃねぇよっ!」


 声と気配に反応して前を向くと、リズが復活した獣の前脚を剣で受け止めている所だった。

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