第154話 硬い

 トビは腰の短剣を抜き放ち、無言で赤い獣に走り寄った。

 逆手に持った短剣を脚に突き刺そうとするも、相手がそれを許すはずはなく、標的にした前脚に横殴りにされた。


「トビ!」


 しかし不自然に重いその体重が幸いし、吹っ飛ぶことはなく、腕のガードで押しとどめる。

 とはいえ、いくら重くても相手の大きさからくる力の差は歴然で、ぐっと力を入れた相手に今度こそ吹っ飛ばされた。


 トビの体は数本の木を犠牲にしたあと、地に落ちた。


「トビさん!」


 ソフィはせっかく唱えていた障壁魔術を捨ててしまった。

 後で説教だ。


 パースを放っていったのは……まあいいか。


 走り寄るソフィをしり目に、俺は敵に斬りかかった。

 半歩遅れてリズが続く。


 相手もこちらに向かってきて、その左前脚を振るう。


 がっしりとしたその脚の太さのせいなのか、はたまた単に鈍重なだけなのか、けるのは容易だった。


 ぶぅんと風切り音を鳴らすその下をかいくぐり、体重を支えているもう一方の前脚に斬りつける。

 両手で握り、右上段から斜めに振り下ろした剣は、しかしガキンと音を立ててうろこに弾かれてしまった。


 かってぇ。


 びいんとつかを通して伝わってくるしびれを無視して、再度剣を右から左へと横に振る。


 今度はよく見て、鱗のない毛のえ際をよく狙って――。


 しかしそれもカンッと弾かれてしまう。


 くそっ。


 よく見れば、毛の一本も落ちてはいなかった。


 おいおいまさか毛ごと硬いとか言わないよな?


 右前脚が持ち上げられたので、そこから飛び退く。


「んだよこの硬さは!」


 代わって地についた左前脚を、リズが攻撃していた。

 片腕で細かく切りつけているが、全てカキンコキンと弾かれている。


 この硬度には覚えがある。


「見た目だけじゃ、ないようですね!」

「だな! 少なくとも鱗はドラゴンだっ!」


 上がった右前脚は、俺を踏み潰さんと振り下ろされ、ドシンとかすかに地が揺れた。

 掘り返された土はわずかに湿っており、土煙は上がらない。


「こりゃ、あんときの大技が要るんじゃねぇの?」

「無理ですねっ! 持ってませんからっ!」

「ちっ。使えねぇな」

「魔法陣は準備が肝心なんですっ! 時間が全然ありませんでしたしっ、大体あのレベルの素材じゃ作れませんっ!」

「使えねぇっ!」


 何も二度言わなくたっていいだろう。

 そんなこと、俺が一番わかっている。


 二人で交互に振り下ろされる左右の前脚を、それぞれに攻撃する。

 さっきからずっと同じ箇所かしょを狙い続けているが、ヒビの入る気配もない。


 と思ったら、欠片が飛んだ。


 だが、小さな小さな欠片だ。ほんの少し割れただけで、相手には何のダメージも与えられていない。

 これでは先に剣が壊れてしまうだろう。


 踏み潰し攻撃ではらちが明かないと見て、敵は急に頭を下げてきた。

 がっと開かれた口には、鋭い歯が並び、中でも犬歯が存在感を示している。


 歯並びはスラグに近いらしい。

 ドラゴンの口腔こうくうに詳しいわけではないが。


 二人で後ろに跳ぶと、目の前でガキンと勢いよく打ち鳴らされた歯の音が聞こえた。


 ふっくらとして湿っているスラグのそれとは違い、ただ鱗の隙間に穴が開いているだけの鼻から吐き出された生温かい息が、顔にかかる。


 無防備にさらされたその顔面に切り込むが、やはり弾かれてしまった。

 リズはその目を狙うも、先に顔を上げられてしまう。


 と、その横っ面に、土塊がぶつかった。


 シャルムの魔術だ。


 俺たちの様子を見て障壁が不要だと判断し、攻撃に切り替えたのだろう。


 勢いで横に向いた顔のつけ根、首のあたりに切り込む。


 それは当然のように弾かれ、続いて繰り出されたリズの突きも、その鱗を突き通すことはできなかった。


「くそっ、刃が潰れちまう」


 そんな悪態が聞こえるが、そのくせ剣が痛む様子はなかった。

 いったい何でできているのか。

 金と権力に物を言わせて作り上げた、国一番の業物わざものなんだろうと想像する。

 庶民が持てるような代物しろものではないのは確かだ。


 攻撃は全く効いていないが、相手の攻撃をけるのも容易たやすい。

 勝てもしないが、負けもしない。


 だが、こんなことを続けていれば、俺たちの方が先にバテるのは目に見えていた。


 あのドラゴンと同じくらいの硬度なら、強力な魔術で鱗を割るか、シャルムに剣を強化してもらえれば通るはずだ。


「シャル――」


 ム、と続けようとして、ちらりと後ろを振り向いた俺は、とんでもないものを見た。


 いつの間にか戻ってきたソフィが、その凶悪なメイスを、パースの腹に向かって振り下ろしていたのだ。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます