第153話 火蓋

 衝撃は、それほどでもなかった。

 地面が少し揺れたが、爆風は真上に上がった。それも土煙を上げる程度だ。


 異常に大きなスラグが出現するときに起こっている現象と同じ。

 あのスラグたちは何もない所から発生したのではなく、通常のスラグを元にして作られていたわけだ。原理はさっぱりだが。


 つまり、この煙の中には、あの大きなスラグがいる。

 それは気配でも伝わってきた。


 全員、無言で戦闘体勢をとった。


 シャルムがへとへとになっているのが気になるが、それでもこのメンバーであれば余裕で倒せる。

 俺とリズだけでもなんとかなるし、そこにパースが加わってくれればすぐ終わるだろう。


 しかし、首の後ろがちりちりと警告を放っている。

 

 視界がさえぎられている中、突然スラグに飛び出してこられると危険だ。

 シャルムが障壁を唱えている横で、パースが風を起こし、煙を晴らした。


「ひっ」


 全員が驚きで固まる中、ソフィが小さくのどを鳴らした。


 そこにいたのは、スラグとは似ても似つかない生物だった。


 大きさは予想通りで、大きなスラグと変わらない。


 しかし、その体毛は長く赤く、背にはたてがみがある。

 ところどころ、毛の代わりにうろこがついているのが、上から生えている毛の隙間から見えた。

 首は少し長くなり、ふさふさしていたはずの尻尾も一面鱗でおおわれて、地につくほど長くなっていた。

 四肢の先はかぎ爪になり、背中にはちいさな翼が生えている。


 これは変異体なんてもんじゃない。

 スラグとは全く別の生き物だ。


「ドラ、ゴン……?」


 ソフィがつぶやく。


 そう。

 そいつは、スラグとドラゴンを無理やり混ぜたような姿をしていた。


 立ちあがったままぼうっとしていたそいつが、突然じろりとこちらを見た。


 ぞわり。


 背筋に戦慄せんりつが走った。

 体中から汗が吹き出す。


 思わずじりっと下がってしまう。


「これはちょっとばかし、ヤバいんじゃねぇ?」


 リズがいつものように半笑いで言うが、声が震えていた。


「あ……あ……」


 ソフィが小さく息を漏らすと、その場にぺたりと座り込んでしまった。


「ソフィ、立て! ソフィ!」


 後ろからどさりと音がした。

 何が起こったかなんて、見なくてもわかる。


「パース! しっかりしろ! 寝てる場合か!」


 さっきは平然と魔術を使ったのに、敵の姿が見えた途端にこれだ。


 シャルムは無言だ。

 先ほど唱えていた障壁がまだ生きているのだろう。


 さっきの様子からして、シャルムは相当疲れている。

 スラグの群れを抜けるために、森まで走りながら魔術を連発し、さっきは短時間でトビの腕を修復してみせた。


 魔力はまだまだ残っているだろうが、体力と精神的な疲労はどうしようもない。


 俺は割り器は持ってきているが、即座に使えるのは、最初にセットしてある魔石一つだけだ。

 いや、今回は割り器を二つ持ってきたから、両手を使えば二つ分か。


 左手の腕輪は残り二本。

 複合魔法陣の効果ブーストが切れたら終わりだ。

 帰りを想定して長めにしておいて助かった。

 性能は今更なげいても仕方がない。


 まともに戦えるのはリズと俺だけ。

 シャルムが戦えないならパースにフォローしてもらいたいのだが、それも叶いそうにない。


 これは、ヤバいかもしれない。


「トビ、ソフィとパースを頼む。二人を連れて下がれ!」


 返事が返ってこない。


 視線を向けると、トビの赤い目が敵を見据えていた。


「トビ!」


 怒鳴りつけても反応がない。

 魅入みいったように相手を見つめるだけだ。


「くそっ」


 リズと視線を交わし、行けと合図があったので、ソフィとパースを後方に引きずっていった。

 ソフィのポケットから渡してあった障壁の魔法陣を引っ張り出し、手に持たせる。


「いいか、とにかく障壁を張り続けろ。いつもと同じだ。パースもついでに入れてやってくれ。でも常に自分が優先。無理に守ろうとしなくていい」


 真っ青な顔で震えた唇をしたソフィは、こくこくと何度もうなずいた。

 

 横に置いた剣をひっつかみ、急いでリズの元へと戻る。

 幸いにも、トビと敵のにらみ合いや続いて、戦闘はまだ始まっていなかった。


「これはなんだ? 魔物なのか?」

「俺に聞かれてもわかりませんよ。少なくとも文献では見たことがないです。外の情報は、リズの方が詳しいんじゃないですか」


 敵がこちらを見ないのをいいことに、俺たちは互いの考えを口にした。

 何か話をしていないと、目の前の現実を正視できない。


「あたしにも覚えがねぇ。それに、入れ替わったわけでもねぇんだろうから、元は普通のスラグだろ? なんでこんな姿になんだよ」

「どう考えても魔法陣のせいでしょうね。あの球も怪しい。さっき解読できたのはほんの一部だけで、本当にただの推測でしかないのですが」


 そのとき、突如として戦闘が始まった。


 火蓋を切ったのは、トビだった。

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