第152話 大興奮

 スラグは、赤い球が体に入った途端、狂ったように暴れ始めた。

 拘束を振り切ろうとする動きではなく、口からよだれを垂らしてでたらめにもがいていて、正気でないのは明らかだった。


 スラグの体の中にあった球。

 あれは自然に発生したものではなく、人工的に埋め込まれたものだったのか。


 マクレガンはさらに数個の球を投げた。

 それらは、一つ目と同様にスラグの体に引っ張られ、体の各所に激突した。


 球は毛皮をすり抜けているように見えるのに、スラグは殴打されたかのように激しく体を震わせ、地に倒れた。

 舌を口からだらりと出し、うつろな目をして痙攣けいれんしている。


 死んだ……のか?


 今のうちにマクレガンに斬りかかり、さっさと息の根を止めるべきなのではないか。

 

 そんな考えが浮かんでくるが、スラグの背後ではマクレガンが笑みを浮かべていて、これから何が起こるのかわからないだけに、攻撃に移れない。

 スラグにも同様に手を出せなかった。


 やがてスラグを拘束していた光のひもが宙に溶けるように消えると、今度はその体から赤黒い線が四方八方に伸びてきた。

 つたのように地をい、枝分かれしていく。


「なんかこれやべぇんじゃねぇの?」

「下がりましょう!」


 見ればマクレガンも後ずさりしていた。


「なんだこれは!」


 突然声が上がり、左方を見れば、すっかり存在を忘れていたパースが突っ立っていた。


「パース! 下がれ!」


 怒鳴るが、パースは自分の周りに這いまわっていく線を興味深そうにみまわしている。

 偶然にもその線はパースにぶつかることはなかった。


「ノト、これ――」

「言いたいことはわかる。だが今はとにかく早く離れろ」

「――魔法陣じゃないか!」 


 赤黒い線は、分裂したり結合したりしながら、直線を、曲線を、そして文字を描いていった。

 それはまごうことなき魔法陣――いまだ痙攣けいれんしているスラグを中心とし、外側に広がりながら描かれている途中の魔法陣だった。


「先生っ!」


 横を見れば、ソフィが小走りで近づいてきていた。

 後ろには泣きはらしたトビと、その腕につかまるシャルムがふらふらと歩いてきている。

 シャルムがつかまっているのはぶった切られた方の腕だが、痛がる素振そぶりは見せず、完全に元通りになっていることをうかがわせた。


 ほっとするのと同時に、改めてパースを見る。


 あごに手を当てて見回しながらぶつぶつと何事かをつぶやいていた。

 完全にしまっている。


 俺は足下の手ごろな石を拾い上げ、パースに向かって投げた。

 それは狙い通り、背を向けたパースの後頭部に命中する。


「いでっ! ――何すんだ!」

「いいから早く来い」

「それよりノト、これはすごいぞ! 見ろ、木をよけている! 地面の大きさに合わせて小さな魔法陣を組み合わせているんだ。それに応じて、すでに描かれた部分が描き換わっている。すごい! すごいぞ!」


 大興奮のパースに、もう一つ石を投げつける。


「あっぶね! 何すんだ!」

「完成したら何が起こるかわかってんだろ!? さっさと出ろ! 吹っ飛ぶぞ!」


 パースははっとした顔をして、俺たちまでの間の距離を見、慌てて魔石を取り出した。


「ノト、受け止めてくれよ!」


 言うやいなや、パースが吹っ飛ばされてきた。

 一瞬魔法陣の効果かと思ったが、まだ描きかけだ。

 おおかた、足元で空気を爆発させたかなんかしたのだろう。

 

 俺は咄嗟とっさにすっとよけた。


「ちょおぉっ!」


 パースは、顔をかばった腕からごいんと木にぶつかり、地に落ちた。


「悪い。つい」

「ついじゃない!」


 あごを触って、血が出ているのを確認しながら、パースが涙目で抗議してきた。


 なんで手で顔をかばったのにあごをぶつけるんだよ。


「おい、ふざけてる場合じゃねぇ! 止まったぞ」


 魔法陣は、障害物をよけて少々いびつな最も外側の円をもって、完成した。


 俺たちはさらに距離を取った。


 いつの間にか、向こう側にいたはずのマクレガンは姿を消していた。

 逃げられた。何も聞けないまま。


「先生、逃げないんですか……?」

「もう遅い」


 そでをつかんで見上げてきたソフィに、正面の魔法陣を凝視しながら答える。


 次の瞬間、魔法陣が光り、そして、爆発した。


 

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