第149話 裏切り

「あああぁぁあああぁあぁああぁ!!」


 一拍遅れてブシュッと血が吹き出し、さらに一拍遅れてちびの絶叫がほとばしった。

 人間の姿になるようになった頃の悲鳴とは比べものにならない大きさだった。


「トビさんっ!?」


 ソフィが金切り声を上げる。


 次に響いたのは金属を打ち鳴らす音。


 俺がマクレガンに切りかかったのだ。


 カッと頭に血が上り、やみくもに振った剣を軽々と受け止められ、剣を跳ね上げられる。


 ――トビさん、しっかりして下さい! 今止血します!

 ――僕がやる。どいてくれ。

 

 再び切り込むが、やはり防がれてしまう。

 マクレガンはちびの腕を握ったままで、体を動かすたびに振り回される格好になり、血が周りにまき散らされていく。


 ――誰かこっちにも来い! あたしだけじゃどうにもならねぇ!

 ――トビさん! そんなに暴れたら血が……!


 剣と剣がぶつかり合い、拮抗きっこうする。

 ギシギシと金属のこすれる音がした。


「貴様ぁぁっっ!」


 ――出血は抑えた。早く腕を接合しないと。

 ――でも! 腕はマクレガンさんが!


 すぐ横で、内臓をくすぐられるような、頭をぐにゃぐにゃとこねられるような、嫌な感じがした。


「やっとドラゴンに戻ったか。――ふむ。腕は人間のままなのだな。ならば用はない」


 マクレガンが、血が抜けて白くなったちびの腕をぽいっと放り投げた。


「なんでこんなことをっ!!」


 マクレガンは答えず、両手に持ち替えた剣で力いっぱい押してきた。

 

 ――特審官さま、腕を、拾って参りました。……うっ。げぇっ。げほっ、げほっ。

 ――おい! こっち、誰か! マジで、ヤバい!


「なんでちびのことを……!」


 ――ダメだ。人間とドラゴンじゃ腕の太さが違いすぎる。このままじゃ接合できない。していいものなのかもわからない。

 ――そんな……! トビさん、お願いですから、人間の姿になってくださいまし!

 ――シャル!


 マクレガンにギャリッと刃を滑らされ、剣を横に押さえつけられた。


 ――ソフィ、僕はリズのところにいく。

 ――え? そんな! わたくしには何もできません! 特審官さま!


 無防備になったところを、返す刀で斬りつけられる。


 その刃は正確に俺の首に迫っていた。


 くっ!


 首を吹っ飛ばされると思った瞬間、狭域障壁が剣を弾いた。


 その衝撃で、我に返った。

 何をやっているんだ俺は。


「障壁か。堅いな」


 マクレガンがいったん剣を引く。


「きゃあっ! 騎士さま! やめてください!」


 ソフィの声が聞こえて、マクレガンに意識を残しつつそちらを見ると、ちびの向こう側に座り込んだソフィに、騎士の一人が剣を振り下ろしたところだった。

 メイスがかろうじてそれを防ぐが、体勢が悪く、ソフィの怪力をもってしても、ぎりぎりと剣が近づいていく。もうすぐ頭に触れそうだ。


 リズは、いくつも傷を負ったスラグに相対あいたいしている。

 太もものあたりが破れていて、すでにスラグの血を浴びているので出血具合は見えないが、爪でつけられたのだろう三本の傷はぱっくりと開いていて、少なくない血が流されていると思われた。


 そこへ、後ろから、二人の騎士が近づき、斬りかかった。


「リズ!!」


 叫び、意識がマクレガンから離れかけたところで、マクレガンが打ちかかってきた。


 今度はまともに受けるようなことはせず、力を流すように剣をいなす。


 右手で剣を後方に残したまま、右足を踏み込んだマクレガンの左に回り、胴体に靴底を当てて蹴った。


 倒れるまでは至らないが、マクレガンがバランスを崩し、両腕が泳いだ。


 引き寄せた剣で首に刺突を繰り出す。


 しかしそれはかばった腕にはばまれ、篭手こてと剣が耳ざわりな音をたてた。


 一度身を引き、周囲を確認する。


 ちょうど、リズがソフィを押さえつけていた騎士の首を後ろからはねるところだった。

 支えを失ってバタリと死体が覆い被さってきて、ソフィの首から胸にかけてどくどくと血があふれた。


 スラグはいつの間にか地に倒れていた。

 まだ息があり、頭をしきりに動かしているが立ち上がれない。


 そのそばに、わき腹を血に染めたシャルムが膝をついている。

 口の端から血を垂らしているが、自分で回復魔術を使っているようで、命に別状はなさそうだ。


 シャルムの前に転がるのは騎士の死体。

 うつ伏せに倒れているから詳細はわからないが、よろいの欠片がいくつか散らばっているところを見ると、シャルムが何らかの魔術で鎧をぶっ壊し、リズがトドメをさしたということだろうか。


「さっきからうるさ――ぅわっ!」


 パースの声がしてそっちを見ると、かがんだ状態から顔を上げ、今まさに剣を振り下ろそうとしている騎士を見て、驚愕きょうがくしていた。

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