第七章 断面

第148話 腕

「おいお前! 今何をした?」


 突然怒鳴り声がして、何事かと視線を移せば、マクレガンがトビの腕をつかみ、宙につっていた。

 周りを他の三人の騎士が取り囲んでいる。

 後ろを向いていてトビの表情は見えないが、マクレガンの顔は怒りで真っ赤だった。

 

「何すんだよ。離せ」


 そばにいたリズがマクレガンの腕に手をかけた。


「なんだ。何があった?」


 シャルムが近づいていく。

 俺とソフィも、慌てて駆け寄った。


「こいつが急にトビの腕をつかみやがった」


 リズがマクレガンをにらんだまま答える。


「マクレガン殿、何があったと言うんだ? 手を離してやってくれないか」


 シャルムが冷静さを保った声でゆっくりと話す。


「この男、死体から何かを取り出して、口に入れたぞ」


 見られたのか。

 そういえば、隠せとは言わなかったような気がする。

 街では混乱の最中さなかだったから誰にも見とがめられなかったが。


「トビは……生肉が好物なんだ」

 

 どこの世界にスラグを生で食う奴がいるんだよ。腹壊すわ。


 と、真実を知るこちら側は誰もが心の中でツッコミを入れただろうが、シャルムの声はやけに説得力があり、知らなければ納得するかもしれないと思えた。


「どこの世界にスラグを生で食う奴がいるというのだ」


 あ、やっぱりダメか。


「それに、取り出したのは、肉のような軟らかいものではなかった。丸い硬いものだ。こいつがそれを食った」


 ソフィが、ピクリと身じろぎをした。


 マクレガンがつかんだままの腕をこちらにぐいっと差し出すと、トビの体がこちらを向いた。

 口を真っ赤に濡らしたまま、痛いなあというように顔をしかめている。


「その、なんだ、丸くて硬いもの、とやらが、スラグに埋まっていたというのか? 見間違いじゃないか?」


 シャルムが疑わしそうに言う。全く信じられないというような声で。


「見間違いではない。それに、そこの娘が、何か知っていそうだ」


 マクレガンの目は、ソフィを見据えていた。


「わ、わたくしは何も知りませんわ」


 マクレガンの視線を受けて、並んでいたソフィが俺より後方に下がった。

 そのソフィを守るように立つ。


「待ってください。その硬いものって骨か何かじゃないですか? トビは少し変わっていて、その、あまり物を知らないというか、とにかくたまに妙なことをします。でも、それが何だって言うんです? 生肉を食おうが、骨を食おうが、こちらの勝手じゃないですか。それとも、を何か知っているんですか?」


 あからさまな挑発だ。

 何かあると言っているようなものだ。


 だが、俺は、マクレガンの態度にいい加減我慢ができなくなっていた。

 

 こいつらが俺たち以上のことを知っているわけがない。

 小球はトビがいたからこそ存在が確認できたのだ。


 万一知っていて、そのことを秘匿していたことを責められたとしても、不確かな情報だったから報告しなかったと言えばいいのだ。

 そんなものがあったなんて全く知りませんでしたと言い張るだけでもいい。


「そちらこそ、何か知っているような口振りだな」

「勘ぐられるようなことは何もありません」


 俺がマクレガンとにらみ合っていると、二体のスラグが姿を現した。

 木の間から飛び出して来たのが一体、そして、まだ距離はあるが、広場から一体。


 気配で気づいていたらしいリズが、最初の一体を相手取る。

 ソフィが小さく悲鳴を上げ、それでもすぐに障壁の準備を始める。

 シャルムはもう一体を狙っているようだ。


 騎士たちも、それぞれ動いた。


 俺とマクレガンはにらみ合ったままだ。


「特審官殿よりも詳しそうではないか」 

「そんなことはありませんよ。ただの一般人です」

「あの身のこなしで一般人とは笑わせる。騎士団に入れば小隊の副隊長くらいにはなれたのではないかな」


 小隊の、しかも副隊長。

 素直に受け止めれば喜ぶところなんだろうが、全く褒められている気がしない。


「入りたかったんですが、見習い試験で落とされまして」


 事実を口にすると、勝ち誇ったような顔をされた。

 魔力がないせいだとはまさか思い至らないだろうから、余計に腹が立つ。


「それで、そろそろトビの腕を離してはもらえませんか? いい加減疲れるでしょう?」

「大したことはない」


 いいから早く離せ。


「そちらこそ、早く話してもらえないか。さっき、こいつが、何を、したのかを」


 言いながらトビの体を上下に揺するものだから、つま先が地面についたり離れたりした。

 何も言わないが、さっきよりも痛そうだ。


「俺は見ていませんから、わかりません。それに、たとえおっしゃる通りに何かを口にしたとして、それの何が問題なのですかと聞きました」


 スラグが二体とも倒れ、全員の――パースを除いた全員が俺たちに視線を集中させた。

 しかしすぐに、急に姿を現した別のスラグに意識が移る。

 互いを見ているのは、俺とマクレガン、そしてトビだけだ。


「言う気はないか。ならば仕方ない」


 そう言って、マクレガンは、無造作に剣を振った。


 どさりとトビが地に落ちた。


 マクレガンの手には、トビの腕だけが、残っていた。

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