第147話 湖群

「こりゃあまた……」

「なんてこと……」

「ひどいな……」


 目の前の光景を見て、リズ、ソフィ、シャルムがそれぞれ驚きの声を上げる。


 大小のスラグを相手にしながら獣道をしばらく進んでいくと、ちょうど昼食どきといったところで、とんでもなく大きく開けた場所に出た。

 巨大な湖でもあったのではないかと思えるほど広範囲に、木々が倒れ、地が混ぜ返されている。

 木をどけてしまえばそのまま畑として使えそうだ。


 あれだけのスラグが発生したのだから、こうなっていることは予想していたし、俺も跳躍で一度上から確認している。


 が、遠くから見るのと、の当たりにするのとは、伴う実感に雲泥うんでいの差があった。


 ここはたまたま魔法陣の位置が近くて広くなっただけで、他にも個々に散らばっていたり、数個分の広さを持つ場所がある。

 スラグが木を倒して移動したせいで近く同士をつないでいるものがあるのも確認している。


 まるでそれは、マルー湖群のようだった。


 騎士たちも平然を装ってはいるが、目の前の光景に驚きを隠しきれないでいた。


 また奥で、土煙が上がる。


 足元の、混ぜっ返された土をよく観察する。


「パース、出番だぞ。ここに魔法陣の跡がある」


 トビに肩を支えられたままのパースを振り返り、わずかに残るそれを、指で示す。


「いや、ノト、それより、来てる、来てる……!」


 しかしパースは、わなわなと唇を震わせながら、広場の方に指を伸ばしていた。


「わかってるって。リズ!」

「おうよ」


 広場に足を踏み入れ、倒れた木々を飛び越えながら一直線に駆けてくるスラグをリズと共に迎え撃つ。

 あまり地表を荒らしたくはないが、すでに複数のスラグによって踏み荒らされており、今さら気にするだけ無駄とも思えた。


 リズが正面で攻撃を受けている間に、回り込んで後ろ脚を狙う。


 だがそれは、スラグの後ろ蹴りによってはばまれた。

 蹴り自体は剣で受けるも勢いに負けてたたらを踏み、一緒に蹴り上げられた土が目に入って視界が塞がれる。


 できた隙を狙って、スラグが瞬時に反転し、そのあぎとを俺に向けた。

 後退しようとしたが、転がっていた丸太に足を取られ、転倒してしまった。

 剣を上げて防ごうとするが、目を開けていられない。


 くそっ!


 そこへ、頭上から、炎球が降ってきた。

 それはスラグの背に直撃し、広がって、背中の毛を焼き尽くす。

 じゅわっと油の焼けるにおいがした。


 悲鳴を上げ、火を消そうと転がるスラグ。


 火が消え、立ち上がろうとしたところで、リズの一閃がスラグの命を刈り取った。


「先生、大丈夫ですの!?」


 ソフィとトビが駆け寄ってくるのが気配でわかった。

 だがトビは、俺を通り過ぎ、スラグの方へと行ってしまう。


 ソフィに助け起こされ、丸太の上に座る。

 危機が去ったので、目をこじ開けようとするのはやめた。


「水が欲しい」


 涙があふれてくるが、砂が流れない。


「水!? 水ですのね! 水……!」


 ソフィが自分の体をまさぐっているようだったが、そんなところに水はないだろう。慌てすぎだ。


「僕がやろう」


 シャルムの声がしたかと思えば、一拍置いて、顔に水がばしゃりとかかった。

 相変わらずおっそろしいほどの早口だ。


 ありがたいが、顔にかけられても目を洗えない。


「もう一度お願いします」


 今度は目の前に差し出した両手の中に水を入れてもらえた。


「あー、痛かった」

「回復魔術使います?」

「いいや、そこまでじゃない」


 ぱちぱちとまばたきをすると、涙で濡れた瞳に、パースが映った。

 パースはしゃがみ込んで地面を凝視しながらぶつぶつと呟いていた。

 やっと魔法陣に興味を示したらしい。


 こうなれば、しばらくは戻ってこないだろう。

 少なくとも、研究班ではそうだった。


 横に食べ物を置いておけば解読しながらいつの間にか平らげ、突然死したかのように急に眠り、何事もなかったかのように起きて再開する。

 トイレには、文献を持ったまますたすたと廊下を歩き、用を足してからまた戻ってくる。トイレから出てこないこともまれにある。

 

 その間のことを、本人は全く覚えていないらしい。


 一人暮らしをすると餓死しかねないということで、魔術研究院で寝泊まりしていたが、今もそれは続いているのだろうか。


 頼むぞ。お前だけが頼りだからな。

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