第146話 妄想

 俺たちは、木々が倒され、草が踏み潰され、やぶがかき分けられた、スラグの獣道を通って奥へと進んでいった。


「こりゃあ楽でいい」


 いつの間にか俺と並んで先頭を歩いているリズが言った。


 マクレガンたちは後方からついて来ており、予定通りの構成になった。

 先頭でばっさばっさと敵を切り裂き猛進するという華々しい役割を終え、他の騎士たちギャラリーがいなくなった途端に楽をしようと後ろに回った……と勘ぐってしまうのは、俺の性格が悪すぎるからだろうか。


「楽だ、と言っている割には、浮かない顔ですね」

「森の奥からこんだけでけぇ道が続いてるっつぅのはいいことじゃねぇよ。あたしらが楽だっつーことは、獣にとってもそうだってことだ。今回のことが片づいても、でかいのが森のふちまで出てきやがるようになる。ただでさえ縄張りは滅茶苦茶になってんだろうしな。お前らが暴れた分の比じゃねぇよ」


 俺なんかは、奥に潜らなくても大物が狩れるのは嬉しいのだけれど、森のふちってのは、低級パーティの狩場だ。

 犠牲者も増えるし、今まで採集できていた素材が採れなくなれば、値が上がる。


「せんせっ」

「ひっ」


 突然、後ろからトビの声が上がった。

 パースの小さな悲鳴も。


「お出ましのようだぜ」


 リズが剣を構えた。

 シャルムはすでに詠唱を開始している。

 ソフィは後ろにマクレガンたちがいるため、魔術は唱えない。

 トビはたぶん、パースを抱えたままポケっと突っ立っている。


 獣道の奥からスラグが一体現れた。

 シャルムがそこに土の杭をお見舞いする。

 しかしそれは、スラグの前脚によって叩き落された。


 詰め寄っていたリズは、横薙よこなぎにしたその前脚を、下から切り上げた。

 力が逃げてしまい、骨に当たったところで剣は止まってしまうが、リズは剣をひねると骨に沿って脚先に向かって肉をこそげ落とした。

 骨から外れた肉がべろりとめくれる。


 うっわー。痛そう。


 横目にスラグに同情しながら、獣道の横から突っ込んできたスラグに向かい、顔を狙って跳び上がる。

 空中で前に一回転。その勢いで、スラグの眉間に剣を叩き込む――


 ――つもりが、素早く後退したスラグに避けられてしまった。

 

 着地したところに飛びかかられ、鋭い牙が頭上から迫ってくる。

 横にけるも、そこにはスラグの左前脚が迫っていて。


 ざっくりと爪で削られそうになり、剣を構えて防御体勢をとる。

 恐らく防ぎきれない。


 当たると思った瞬間、突如とつじょ双方の間に障壁が生まれ、爪が止まった。

 その隙を逃さず、前脚先を切り落とした。

 血が緑の葉の上に盛大に飛び散る。


「シャルム、助かります!」


 もちろん詠唱中のシャルムから返事はない。


 相手がひるんでいる隙にと、脚を切り落としてバランスの取れない左側面に回り、上段から振り下ろした一撃でざっくりと腹を切り裂く。

 致命傷にはならないが、重心を反対側に傾けていたスラグは、踏ん張り切れずにドシンと倒れた。

 とどめをと思い、急所を狙ったところで、倒れた首元にリズが飛び乗り、首を掻き切った。

 リズの全身を吹き出た血が染める。


 その時、俺の後ろを、何かが走り抜けて行った。


 振り向けば、それはだった。


 そいつは真っ直ぐにパーティに向かって駆けていく。

 俺とリズはもう間に合わない。

 マクレガンたちも、別のスラグを相手にしていた。

 シャルムは後ろを向いていて気がつかない。


 スラグはトビに向かって大きく跳躍した。

 トビは全く役に立たないパースをどさりと落とし、短剣を構えた。


 見た目はキマっていて、難なく対処できそうに見えるが、どうしよう困ったなあという顔をしているので、全くあてにはできそうになかった。


 しかし、うちにはもう一人メンバーがいる。


 ソフィがトビを守るようにスラグの前に立ちふさがると、絶妙のタイミングでメイスを横に振った。


 ぐしゃっと嫌な音がして、頭部が潰れたスラグが吹っ飛んでいく。


 ソフィは何事もなかったかのように、トビに落とされ恐怖に固まっていたパースに手を差し伸べて立ち上がらせていた。


 トビは少し寂しそうな顔をして、俺が相手をしていたスラグに近づき、小球を漁り始めた。


 近くに敵がいないのがわかり、俺とリズは剣をさやに収める。


「こっちは俺がやるから、あっちの取って来い」

「はーい」


 短剣を取り出し、トビと交代する。

 トビはリズが相手をしていたスラグの方に行った。


 手掛かりにならないのだから、こうやって探すことに意味はないはずなのだが、トビにとっては大事なことのようなので、つき合ってやる。


 それに、全く無意味とは言えないかもしれない。 

 まだ推測どころか妄想の域を出ない考えだが、もしそうなら――。


「何をしている。こんな時にも素材集めか?」


 スラグを倒し終えたマクレガンが、軽蔑けいべつを込めて言った。


「いや、手掛かりを探している」


 シャルムがそれに応じる。


騎士団われわれも調べたが、何も出なかった。やるだけ無駄だ」


 シャルムは何も言わずに肩をすくめた。


「こんなところで油を売っている暇はない。特審官殿を先頭にすると歩みが遅い。やはり我々が先に立とう」


 こちらの意思を確認することなく、マクレガンたちは勝手に先頭に立った。


 トビはマクレガンたちの倒したスラグもあさりたかったようだが、マクレガンがずんずん進んでしまうので、諦めてもらった。

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