第144話 プロ

 一時いっときは騒然となったものの、さすがは国軍。


 魔石をはめ込み、それによって強化されたごついよろいは、まともに食らわなければスラグの爪や牙を何度か防ぐ硬度を誇る。

 爪のあとが残り、割れて穴が開いている騎士が多いのは、物資の調達ができない状況なのだから仕方がない。


 同じく魔石をはめ込み、炎や水の性質を付与し、切れ味を鋭くした大剣を、大きく、時には細かく操って、効率よくスラグに傷を負わせていく。


 騎士団とも呼ばれるほど魔術師が極端に少なく、ほぼ騎士だけで構成されている国軍は、魔石による攻撃も得意だ。

 ここぞというところで、魔石にこめられていたとは思えない大出力の魔術を使ってみせる。

 

 普段から厳しい訓練を行っているだけあって、チームの連携も完璧だ。


 ほどなくして混乱は収まった。


 何体ものスラグの亡骸なきがらが転がるにつれ、後方のスラグは突破を諦めて下がり、森との間の草原に数体ずつ点々と散らばった。


 こちらにこぼれてきたスラグも、シャルムとリズと俺で難なく対処し、俺たちに被害は出ない。

 それでさえ、最初はともかく、後ろにいる俺たちをあてにして、多少突破されてもよいと思われているふしがあった。


 マクレガンたちも無事で、何やら班員や他の騎士たちと恥ずかしそうに談笑している。

 彼らが「何やってんだよお前」「いやあ、つい」「ついじゃねぇよ」「ははは、すまん」というような会話をしているだろうことは想像にかたくなかった。


 怪我を負った騎士ですら、へらへらと笑っている。

 魔石で回復できたからいいってか。

 その魔石も、傷つけられたよろいも、目が飛び出るほど高価だということを、彼らは知らないのだろうか。


「リズ、騎士団の優秀さは認めますが……命令違反もいいところです。同僚たちがそれをいさめることもない。あれはまずいですよ。加えてあの態度なら、即除隊が妥当です。上官はどこにいるんですか」


 リズのそばに寄り、こそりと話しかける。


「あたしも、今回の騒動で軍の実態を見てはらわたが煮えくり返ってる。ちなみに、あのマクレガンがこの街門を担当している部隊の指揮官だ」

「上官が率先して命令違反ですか」


 国の防衛のかなめである国軍。

 それを構成する誇り高き騎士。


 その実態がこれだとは。

 先日の情報統制の甘さといい、「たるんでいる」の一言で片づけられるレベルじゃない。


 街ごとにある憲兵の方がよっぽど規律が行き届いている。

 ドラゴン討伐の時も、己の身を犠牲にしてまで俺たちを生かしてくれた。


「今すぐにはどうにもならねぇ。これが終わったら根性を叩きなおしてやんよ」


 いつものようににやりと笑った――と思って顔を見たが、全くの無表情で目が据わっていた。

 本気でお怒りだ。


「どうしてリズさんが、騎士さまの根性を叩きなおすんですの?」


 いつのまにかすぐ後ろにいたソフィに会話を聞かれていた。


「そ、それはだなぁ、ほら、あの……」


 咄嗟とっさに上手く言葉が返せず、目が泳ぐ。


「王都にいるときは、軍の奴らに剣術の指南をやってんだ。それで上層部に知り合いがいんだよ。頭の固いジジイだから、チクればいかり狂ってなんとかすんだろ」


 リズは事もなげにさらりと言ってのけた。俺の狼狽ろうばいとは大違いだ。


 その上層部の知り合いとやらは、もしかしなくても国軍の頂点にいるカイ将軍のことだろう。

 将軍をジジイ呼ばわり……さすがは女王陛下リズだ。


 トビを除く俺たち全員が、あきれと怒りと不信感といった負の感情をいだいているところへ、当のマクレガンが近づいてきた。


「どうしてついて来なかったんだ? 特審官殿が来ないせいで、押し戻されてしまったではないか」

「……周囲のスラグを刺激しないよう、静かに行くのではなかったか? 斬り捨てて進むのではなく、一体ずつ片付けていくという話でもあったはずだが」


 あまりの言い草にみなが呆気あっけにとられるなか、シャルムがつとめて冷静に、正論を言った。


 マクレガンや班員たちは、一様に「はあ」とため息をついた。


「状況に応じて戦法を変えるのは当たり前のことだろう」

「それはそうだが、相談もなしに変えるのはいかがなものか。それに僕には、戦法を変える必要がある状況には見えなかった」

「それは済まなかった。特審官殿がなのを失念していた。しかし戦いの最中さなか、一々説明はしていられない。戦いのである我々に従ってくれればいい」


 ブチッ。


 と、全員の何かが切れる音がしたような気がした。トビ以外の。


 びびっていたパースも、騎士にそれなりの敬意を持っていただろうソフィも、さすがに怒りを覚えたようだ。

 何も言わないが、何かがもやもやと体から立ち昇っているの感じる。


「そうか……。それは済まなかった。では、戦いのに任せるとしよう」


 シャルムはさらに冷静に言い切った。成長したな。


 俺は、思わず反論しようとしたソフィを制する。


「では、今度こそ我々について来たまえ」


 マクレガンが勝ち誇ったように俺たちを見下ろした。

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