第143話 感嘆

 集中して少し落ち着いたのか、パースが思ったよりもしっかりと立ち上がった。


「頼むぞ、ノト。オレを殺すなよ」


 俺の方を向いてパースが言う。


「瀕死までにしておくよ」

「……無傷で帰してくれ」

「回復魔術が使えるんだからいいじゃないか。魔石も持っているんだろ?」

「茶化すなよ。オレは本気で頼んでいるんだ」


 おどけていうと、パースが眉をひそめた。


「悪かった。俺とリズとトビとソフィとシャルムの次に助けてやるよ」

「弟子よりドラゴン、それよりもさらにあの女が優先? れてるのか?」


 パースが信じられないという顔をした。


「まさか。シャルム雇い主に頼まれているだけだ」


 女王陛下だからなんて言えるわけがない。

 

「そういうことにしておいてやるよ」

「本当に、そんなんじゃないからな」

「はいはい」


 リズが剣を抜くのに合わせて、騎士や俺も剣を抜く。

 トビは手ぶらのままで、ソフィはメイスを構えるが、シャルムは杖をただ手で持っているだけ。

 パースも、やたら金のかかっていると思われる杖を両手で構えた。


 いやいや、それで殴るわけじゃないんだから。

 今から走るってのに、構えてどうする。


 突っ込む前に、マクレガンの声がかかった。


「他の班が周りのスラグの相手をする! 立ちふさがるスラグだけを相手にして、森まで走り抜けるぞ!」


 言うやいなや、マクレガンと三人の騎士が叫び声を上げながら走り出した。


 伏せたまま顔だけ上げてこちらを見ていたスラグが、次々に立ち上がる。

 一体がぱっと飛び出したのを合図に、スラグが一斉に動き出した。


「ちょっ!?」


 走り抜けるとは言えど、挟撃が怖いから、追って来たスラグは倒しつつ行こうって話だったよな?

 大騒ぎしなければ群がってくることもないから、来たやつだけを淡々と処理して進もうって話だったよな?


 何で事前に決めたことを全力で無視してくれちゃってんの!?


 俺たち変態パーティは全員があっけに取られて立ち尽くしていた。

 トビだけは、ててっと走りかけて、何で行かないのと振り向いていた。


「ええっと、これ、戻っちゃだめですかね?」

「戻りましょう!」


 思わずシャルムに聞くと、パースがすかさず乗っかってきた。


「そんなわけにいかないだろう」


 ため息まじりに却下したシャルムは、ほら行け、とばかりに手で俺たちをうながした。


 だめか。

 俺たちだけなら仕切り直し一択だろうが、シャルムの言う通り、そうもいかないよな。


「ソフィ、予定が狂った。お前を守る奴がいない。攻撃はせず、障壁に専念。トビはソフィのそばにいろ」

「はい!」


 返事をしてすぐに、ソフィが魔術を唱え始める。

 トビがすすっとソフィに寄った。


 それを合図にするかのように、一体のスラグが防衛線を突破し、こちらに向かって来た。


「ノト! 来たぞ! 来てる!」

「わかってるよ。そう思うなら魔術使ってくれ。あと、服をつかむのはやめろ。動けない」


 パースはぱっと手を離し、慌てて震える声で詠唱を開始した。

 だが、噛みまくっていてまともなフレーズになっていない。

 初めから唱え直さなければならないのに、間違えたところをしきりに言い直している。

 あまりにも狼狽ろうばいが過ぎて、笑い飛ばすこともできない。


「防衛線崩してどうすんだよ。軍の連中は何考えていやがんだ」


 怒りをにじませて、リズが剣を担ぐように構えた。

 シャルムに飛びかかろうとしたスラグの横に回り、前脚に叩きつけるように振り下ろした。


 一撃で、スラグは右前脚を失った。


 がくりとバランスを崩したスラグの顔面に、シャルムの放った岩の杭が三本突き刺さった。

 うち一本は目をつらぬき、スラグが絶叫を上げた。


 その悲鳴が鳴りやむ前に、ってあらわになった喉元のどもとを、リズの剣がさばいた。

 あふれた血の内側からごぽりと気泡が浮き上がり、スラグは地に沈んだ。


「すげ……」


 パースが詠唱を忘れて感嘆かんたんの声を漏らした。

 しかし、続いて二体のスラグが近づいてきているのを見て取り、息をのむ。


 防衛線の騎士たちは、突然のことに焦って対処しきれていないようだ。

 内側の遊撃隊が穴を埋めようと散らばっていく。


 見ればマクレガンたちも、スラグたちの勢いに押されて、防衛線まで押し戻されてきていた。


 何をやっているんだ、本当に。

 場を混乱させただけじゃないか。

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