第142話 号令

 門の外は、門を囲むように半円状に前線が築かれていた。


 三人一組の班が等間隔で散らばって半円を形成し、さらに外側にいるスラグを牽制けんせいしている。

 内側にも複数の班がいて、スラグが攻撃を仕掛けてくればすぐさま応援にかけつけ、一体のスラグに対して最低二班が対処するような体制を整えていた。


 スラグたちは街に侵入すべく間断なく群がって来ているように想像していたが、実際は、離れたところに何体かで集まり、点々と散らばっている。

 それも、今にも向かってきそうというわけでもなく、伏せて眠っており、時折顔を上げて様子をうかがうのみだ。


 どちらも攻めあぐね、膠着こうちゃく状態におちいっていた。


 万一、最初のように大量のスラグが一度に街門を目指してこようとも、門の内側にも軍が常駐していて、街の復興にあたっている協会や憲兵との連絡体制も確立されており、狭い街門さえ護ればよいのだから、突破されるような事態にはならないだろうというのはシャルムの談だ。


 ただ、騎士の人数が限られているため、これ以上半円を大きくすることもできず、近づいてきたスラグを倒し、ときたま遊撃隊が前線から出て付近のスラグを討伐するくらいしかできていない。


 住人が思っているほど状況は悪くない。

 が、これ以上の好転も見込めない。


 街門から街壁に沿って左手に進み、森を正面にとらえる。

 ちょうど森から、土煙が上がった。

 また一体、大型のスラグが生まれたのだ。


 パースは、森の手前にある草原に、そして街道女王陛下のご加護の上にぽつりぽつりといるスラグを見て顔を引きつらせていたが、右方――街門の正面でちょうど起こっている戦闘に気がつき、騎士が攻撃を食らって派手に血を噴き上げた光景が目に入ると、へなへなと腰を抜かして座り込んでしまった。

 後方に下がった騎士は自ら魔石を使って傷口をふさぎ、何でもないかのように再び攻撃に加わった。彼らにとってはよくあることなのだろう。


 あっと言う間に治癒したところを見ると、あの魔石、相当高度な回復魔術が込められている。

 さすが軍。装備に金がかかっていらっしゃる。


 唐突に、シャルムが詠唱を始めた。

 補助魔術をかけようしている。


「なあ、ノト、本当にここを突っ切るのか?」


 座り込んだパースがやや震えた声を出した。


「そうだ」

「直線距離で向かっても、結構距離あるぞ」

「そうだな」

「エルマキアとか、そういう、速い乗り物的なものは……」

「昨日説明した通り、エルマキアで振り切って森に飛び込んでも、後から追いつかれて挟み撃ちになるだけだ」

「ノトが乗れないとか、そういう理由なんじゃないよな?」


 バルディアで愚痴ったのを覚えていたか。


「俺は推進で追いかけることもできるが、トビがな、どうしようもない」


 人間バージョンは重すぎる。

 俺だって二人乗りしてもらえないのに、トビじゃ絶対に無理だ。


 ドラゴンになれば抱えて走れるのだが、俺だけ別ルートで向かって森で合流するなんて不自然極まりないことはできない。


 ったく、軍の奴らがでしゃばるせいで、面倒が増える。

 せいぜい足手まといになってくれるなよ。

 ソフィより使えなかったら後ろから斬り捨ててやろう。


 こっそりと四人を軽くにらむと、それに気がついたマクレガンが睨み返してきた。

 一瞬、親のかたきでも見るような、憎悪に満ちた視線に感じたが、すぐに目をそらされてしまった。


 うちの連中は、こんなときでもへらへらと笑って雑談にきょうじているから、お堅い騎士様は気に入らないのだろう。

 かつて目指していただけに、なんとも複雑な心持こころもちになってしまう。


 シャルムが次々に魔術をかけていく。


 俺はパースをうながし、魔法陣を起動してもらった。


 今回は自分専用にするのではなく、誰でも起動できるように描いた。

 起動できないという非常事態に、悪用されることなど考えている場合ではない。

 この騒動が終わったら余りは破棄する。


 一応いつもの複合魔法陣も持ってきてはいるものの、こちらは構造と素材の制約があって俺しか起動できないものしか描けなかったため、起動するチャンスがあるかはわからない。


 ヤヤカド割り器もちょいと改造して少しはマシにしてきたが、果たして実戦で使えるものになっているだろうか。

 パースと騎士たちから起動するところを隠さないといけないのも難しそうだ。


 ふと顔を上げれば、騎士がこちらの様子を見ながらこそこそと話していた。

 魔法陣を見るのは初めてなのだろう。


 仕事がら当たり前に接しているし、つき合う奴らも魔法陣関係が多いから、つい忘れてしまいがちになるが、まだまだ世間では、クッソ時間をかけて描き上げた巨大な魔法陣を、大規模な魔術を行使するときに使うものという固定観念が根強い。


 パースは、まるでスタンプを押すかのように、広げた魔法陣に次々に手のひらを当てて起動していく。

 髪が紫紺のパースは魔力の総量こそ、原色や、ましてや金髪銀髪には遠く及ばないものの、さすがは特級魔術師。瞬間的な出力が高い。

 あっと言う間にすべての魔法陣を起動し終えた。


 それを待っていたシャルムが、出発の号令をかけた。


「行くぞ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます