第140話 観念

「いい加減観念しろよ」


 俺の席の後ろで、壁に寄りかかるようにして膝を抱えて座り込み、ぶつぶつと呪詛じゅそのようなものを口から紡ぎ出しているパースにあきれた。

 ほほがげっそりとこけ、イケメンが台無しだ。


 そうだ、パースはこんな奴だった。

 バルディアではキリッとしていたが、内心は日々近づいてくるドラゴンの恐怖に震えていたんだな。

 まさか、我が身かわいさで西側の村を犠牲にすることに賛成していたんじゃないだろうな?


「観念はしてる。今すぐ女王陛下が颯爽さっそうとお見えになってその威光でスラグを全滅させて下さらないかなと祈っているだけだ」

「現実逃避も大概にな」


 その女王陛下は、俺の目の前の席で頬杖ほおづえをつき、ぶっさいくな顔でそっぽを向いていたが、パースの言葉を受けてジロリとパースをにらんだ。

 どこからともなく姿を現しはしたが、威光で全滅させるのは現実には不可能なようだ。


 少し離れた席に、ソフィとトビが並んで座っていた。


 ソフィは椅子の背にもたれかかり、焦点の合わない目を天井に向けて、燃え尽きたかのようにぐったりと弛緩しかんしていた。よっぽどこき使われていたらしい。

 連日拉致らちされ続けていたソフィを、さっき俺が連れ戻してきた。

 その場を仕切っていたオバサンに憤怒ふんぬ形相ぎょうそうで睨まれたが、師匠の無表情の笑顔とは比べるべくもない。


 トビはリズの方をちらちらとうかがいつつ、暇だなあという顔をしていた。

 このところ、協会に連れてきてはいたものの、魔法陣を描く間は部屋で放っていた。ソフィがいないと誰も相手をしてくれず、かといって外に遊びに行くわけにもいかず、あまりにも時間を持て余しすぎて、ついにはドラゴンで火を出して遊び始めたほどだ。俺がこっぴどく叱ったが。


 俺たちは、いまだ大型のスラグを際限なく吐き出し続けている森に、更なる調査と可能な限りの討伐をすべく特攻するということで、打ち合わせのために集まっていた。

 別の部屋ではシャルムが三組織の人間と会議をしており、その結果を受けて、ここで自分たちの動きを決めるのだ。


 ドアがギィと音を立てて開き、「待たせたな」と顔をのぞかせたシャルムは、部屋の中の異様な雰囲気を見てとって、一瞬動きを止めた。

 しかしすぐに気を取り直してずかずかと入ってくる。


 パースはゆらりと立ち上がって俺の隣にすとんと座ると、この世の終わりを宣告されたかのような、深いため息をついた。


 シャルムは立ったままテーブルに両手を突き、パースが座るのを見届けてから、話し始めた。


「決行日は明日」


 パースが小さくため息をつく。


「ずるずると引き延ばしても仕方がないからな。ノト、準備はできているか?」

「はい。手元にある素材でできる範囲になってしまっていますが、前回よりはだいぶマシになりました」

「よし」


 シャルムは満足そうにうなずいた。

 俺は正直不満だらけだが、手に入らないものは仕方がない。


「パースジェラルド殿、気が進まないのは重々承知している。しかし、貴殿の協力がなければ、状況を打開することはできない」

「特審官殿――」


 パースは立ち上がった。


「――オレがいなくても、ノトがいれば十分です。なにせこいつは、あの局長――協会会長の一番にして唯一の弟子です。魔法陣研究班にいた時も他の追随を許さない優秀ぶりでした。魔法陣に対する深い造詣ぞうけい、独自の魔法陣の構築を可能とする発想力、寝る間も惜しんで研究に没頭する勤勉さを持ち、素材の調達からインクの調合までこなせる万能キャラです。ノトに解読できなければ、オレにもできませんよ」


 俺は絶句していた。

 かつてここまで俺を持ち上げたパースを見たことがあっただろうか。いやない。

 よくもまあ、心にもないことをぺらぺらぺらぺらと話せるものだ。


 何が「ノトに解読できなければ、オレにもできません」だ。

 この国で最も多くの魔法陣を見て、遺跡で見つかった複雑な魔法陣も読み切ってしまうほどの実力を持つ。

 研究班のメンバーが解読に手こずったとき、最後に泣きつくのがこの男だ。


 さっきまでの魂の抜けたような様子はどこへやら、自信満々――のふりをして、シャルムを説得にかかっている。


 しかし、それはシャルムには通用しない。


「今回ノトは戦闘要員だ。魔法陣を確認している余裕はない」


 あっさりと却下されてしまい、パースはすとんと椅子に落ちた。


「リズはいつも通りに頼む」

「ああ」


 リズは、向けられたシャルムの視線に、真剣な目つきで答えた。


「ソフィとトビも連れて行く」


 シャルムは、二人ではなく俺に言った。

 ソフィが小さく息をのんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます