第139話 委任

他人事ひとごとのように言う」

「戦争にオレの出る幕はないからな。陣が使われたって解読する暇なんてないだろ。しかし、スラグを生み出している魔法陣には大いに興味がある。接続リンクの描き方よりも、小分けになった陣そのものに」


 パースは、魔法陣の断片を、目を細めて満足そうに眺めた。


「球には興味はないのか?」

「ないね。ドラゴンの時と違って、それには何も描いてなかったんだろ? ならオレの守備範囲外だ」

「俺は、球こそが、スラグを巨大化した要因ではないかと考えているんだが」


 水のドラゴンが、球の中にいた赤いドラゴントビの力で、炎を扱えたように。

 球が、スラグを巨大なスラグたらしめたのではないかと。

 そして、魔法陣は、その球を生み出すためのものではないかと。


「どうかな。仮にもしそうだとして、魔法陣が関わっていることには変わりない。解読すれば全てがわかるさ」


 パースはうきうきとテーブルの上に広げた魔法陣の欠片たちを並べ始めた。


 が、すぐに顔をしかめる。


「特徴的な部分はあるが……これでは全く足りていない。ここから何を取り出せというんだ」


 不満げな顔だ。


「それを俺に言われても困る。もともとは直接森で魔法陣を見てもらう想定だったんだ。俺だってろくに調べられちゃいない」

「オレに森に入れだって? 勘弁してくれよ。獣が現れたら最後、一瞬で死ねる自信がある」


 パースは極度のビビりだ。

 獣を目の前にしただけで腰を抜かして詠唱どころではないだろう。

 万一向かってきたらそのまま昇天しかねない。


 魔術研究院ではいつも書庫に閉じこもり、他のメンバーが集めてきた魔法陣を相手にしていた。


「ここに来るまでに獣に遭遇しただろ。少なくとも街を囲んでいるスラグには」

「記憶にない」


 きっぱりとパースが言い切った。


「……なんでよりによってお前が来たんだよ」

「局長に指名されたから」

「それはご愁傷様」


 心からの同情を込めて言った。


「派遣要請が来る前に、怪しいから調べて来いって、数人がこの森の付近の街に行かされたんだ。で、たまたま俺の担当がゴラッドだった」


 だから要請から到着までが異常に早かったのか。王都から来たんじゃ今ここにいるわけがない。

 それにしても師匠あの人は相変わらずの勘の良さだ。いつも思うが、未来予知能力か千里眼でも持っているんじゃないだろうか。

 

「これじゃあオレには何もできないな」

「シャルムはお前を森に連れていくつもりだぞ」

「調査結果を待つ間、インクの調合しといてやるよ」

「隣の部屋で、その算段をつけているはずだ」

「そういえばあの弟子はどうなった? ドラゴンは元気なのか?」

「……」

「……」

「パース、聞こえていないふりをしても、状況は変わらないぞ」

「あーあーあー聞こえなーい」


 ガキか。


 ま、パースも、師匠の命令には逆らえても、勅命にはそむけないだろう。

 どんなにごねたとしても、女王陛下リズが一筆書けばすむ話だ。

 リズが本物であれば、の話だが。


 勅命という、あり得ないほどに重みのあるそれを、便利な道具かのように考え始めてきた俺は、頭のネジがどこかに行ってしまったのかもしれない。


 自嘲じちょうすると、パースに怪訝けげんな顔をされた。


「お、ちょうど会議が終わったようだ」


 ふいに廊下から物音がして、俺は扉から顔を出した。

 シャルムを見つけて、部屋に招き入れる。


「パースジェラルド殿、早速だが、依頼がある」


 部屋に入るやいなや発せられた言葉に、パースはぎょっとしたように後ずさった。

 シャルムはそれには気がつかない様子で――間違いなく気づいていないふりをしている――言葉を続ける。


「僕らと森へ行き、魔法陣の調査をしてもら――」

「お断りします」


 食い気味にパースが言い、ぺこりと頭を下げた。


「承諾してもらえないのであれば、命令するしかないな」

「そんな権限はないはずですが?」

「いいや」


 シャルムは目を伏せて首を振った。


「僕はこの件に関して、女王陛下から全権を委任されている。つまりこれは、陛下からの勅命であると言える」

「な……!?」


 パースは絶句した。


 そう来たか。

 一々勅令なんか書いていられないもんな。

 報告から勅令が発せられるまでのタイムラグも演出しないといけないし、そんなことをやっていたら全く進まない。


「な、んで、あんたのような、ガキが……」

「さあ? 信頼されているからじゃないか?」


 シャルムはすっとぼけたが、全く言葉通りだ。

 女王陛下リズの意をみ、彼女の言葉を正しく伝え、決して裏切らないだろう。


 俺は、「諦めろ」とばかりに、パースの肩を叩いた。

 パースはがっくりとうなだれた。

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