第138話 弟子

 次の日、シャルムが協会職員や騎士と共に魔法陣の専門家とやらを迎えに行くのを、エルマキアに乗れない俺は、協会で魔法陣を描きながら待っていた。

 向こうには近くの安全なラインまで来てもらい、そこで合流するそうだ。


 ソフィは昨日宿を飛び出したあと、人手が足りないところに捕まったらしく、今朝、「せんせぇぇ助けてくださいぃぃ」と泣きながら誰かに引きずられていった。

 俺のまわりをちょろちょろしているよりはずっと人々の役に立つ。がんばれ。


 リズはあれから姿を見せない。

 シャルムが落ち着いているから、行方不明というわけではないのだろう。



「よ、ノト」

「パァァァスゥゥゥ! 貴様かあぁぁぁぁぁぁっっ!!」


 部屋に入ってきた男を見て、俺は叫んだ。


「お!? おお、そうだけど……何、何なん、お前。テンション高ぇなぁ」

「おま、お前のせいで、俺がどんだけ……っ!」


 パースに詰め寄ってなじる。


「ちょ、落ち着けって。家の火事の件は関係ないぞ!?」


 やはり、王都まで伝わっていたか。

 ということは、師匠も……。


 いや、今はその話ではない。


「それじゃねぇよ! お前、師匠に、ソフィのこと……!」

「あ? ああ、あの子ね。なんかお前に会いたいっていうから紹介しといた」


 それが何か? と言わんばかりの涼しい顔をしている。


「お前のせいで俺はなぁ、弟子を――」

「ああ、弟子にしたんだってな。まさかノトが弟子を取るなんてなあ。みんな驚いてたぞ」

「そうだ! 弟子をとって、俺は散々な目に……!」

「へえ、例えば?」


 パースはようやく俺の怒りの原因を悟ったのか、面白そうににやにやしながら聞いてきた。


 いいだろう。

 俺がソフィによってどれだけひどい目に合ってきたのか。

 それをぶつけて、慰謝料をぶんどってやる。


「俺はなぁ、ソフィのお陰で――」


 突然でかいスラグに襲われた……のは偶然か。

 アルトに戻ろうとしたら捕まった……のはソフィのせいじゃないな。

 逃亡する羽目になった……のは俺のせいだ。

 森の奥に流された……のも元はと言えば俺が逃亡したせいで。

 持ち物が燃やされたのと家がなくなったのは……アルトの憲兵馬鹿のせいだ。

 今大型のスラグに囲まれているのも……ソフィは関係ない。


 あっれー?


 俺は頭を抱えてしゃがみ込んだ。

 

 弟子を取ることになって面倒だとは思ったが、具体的な被害はこうむっていないのか?

 

 いやむしろ、ちび……もといトビの面倒は見ているし、インクの調合はできるし、お嬢様だと言うのに食にも宿にも文句は言わず森での野宿にも耐え、ろくに魔法陣のことを教えていないのに多少の不満は言えどもしつこく言いつのってくるわけでもなく、俺の言う事にはおおむね素直に従うし、教養があるから一般的な事柄を一々説明する必要もなく、せいぜい宿や食費などの金銭的な負担と、強敵相手の戦闘時に足手まといになる程度……。


 んんんん?


 金銭的な負担はおいおい稼げるようになってもらえばいいし、魔法陣や戦闘についてはこれから教えて経験値を上げればいい。


 というか、これで弟子に稼がせて自分は研究に没頭するという輝かしい未来を目指せるのならば、これ以上の優良物件はないのではないか?


「おーい、ノトー、帰ってこーい」


 上から降ってくるパースの声で我に返り、すっくと立ちあがる。


「っぶね! 頭突き食らうところだったわ。急に立つなよ!」

「あー……弟子のことは今はいい。それより、本題に入ろうか」

「そうだな。話を聞かせてもらおう」


 釈然としない顔をしながらも、パースは俺のうながしに応じて部屋を出た。

 俺はドアのカギを閉め、パースを別の部屋に案内する。

 その隣の部屋では、今頃シャルムと三つの組織の偉い人間が、恒例の会議をやっているはずだ。




「確かに、これは妙だな」


 かいつまんで説明し、俺が描き起こした魔法陣の断片を見せると、パースはあごに手を当ててうなった。


「ノトの言う通り、これほどの魔法陣を扱える技術はまだ確立されていない」

「秘密裏に行われている可能性は」

「ない、だろうな。魔法陣研究班うちのメンバーよりも魔法陣に詳しい人材なんているわけないし、第一、そんなこと、局長に知られずにできると思うか?」

「できないよなあ」


 師匠の顔を思い浮かべる。

 どんなに王都から遠く離れようが、地下に潜ろうが、見つかってしまうだろう。


 ぶるりと身震いがした。何も悪いことはしていないのに。


「なら、国外か」

「そう考えるのが妥当だ。国外にそういう技術があるということも聞いていないが、こちらが把握できているのはあくまでも表面上の情報だけだ。研究されていても、実用化のめどが立っているとしても、なかなか情報は入ってこない」

「もし、他国の技術ならば」

「ああ、この機に戦争を仕掛けてくるかもな」


 パースは全く興味がないという顔で、同意した。

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