第137話 重責

「他の街はどうなっているんでしょうか」

「森周辺の他の街は今のところ無事だ。この森以外から同様の現象が起こっているという報告も来ていない。ただ、近くの町や村は、守りが手薄で……」


 シャルムが目を伏せた。

 リズが悔しそうに顔をしかめる。


「わかる、ものなんですか?」


 包囲されているというのに、一体どうやって。

 たった三日で情報を集められるのも不可解だ。


「付近の町や村は包囲を突破して調べさせた。他の街については、そういう方法があるとしか言えない」


 女王陛下リズが王都にいなくても、情報だけは集まってくるわけだ。

 どんな方法かは気になるが、そりゃあ一般人には言えないだろうな。


「憲兵や軍には訓練だと言って、警戒態勢を取らせている。無用な混乱を避けるために、スラグのことは伏せているが」


 シャルムの言葉を受けて、リズがさらに顔をゆがませた。


「あの……聞きにくいんですが、原因はわかっているのですか?」


 シャルムがすっと短く息を吸った。

 そして、吐き出す息に乗せて、「わからない」とこぼした。


 ダンッと再びリズがテーブルにこぶしを打ち付ける。


「あたしのせいだ」

「違う」

「違わない。あたしが王都から逃げ出したから。いいや、あたしがこんなんだから」

「違う!」


 リズは、泣きそうな顔をしていた。あの強気なリズが。

 シャルムが死にそうになった時とはまた違う、苦しさに潰れそうになっている声だ。


「リズ、今までは何も起こらなかったんだ。リズのせいじゃない」

「だけど!」

「リズ、俺も違うと思います。女王陛下のご加護がなぜ獣や魔物を退しりぞけることができるのか、どうしてそれが女王陛下リズが王都にいないことと関係するのかは知りません。だけど、今回は魔法陣が絡んでいます。トビが見つけたあの赤い球、あれのこともまだ何もわかっていません。女王陛下のご加護に何か問題が起きているというよりは、あのスラグが異常なのだと考えるべきでしょう」


 リズの目をしっかりと見て話した。

 しかしリズはふいっと目線をそらし、三度みたびテーブルに拳を叩きつける。


「あたしのせいだ!」


 そして、がたんと椅子を倒す勢いで立ち上がり、部屋を出て行ってしまった。

 最後にバァンッと扉を乱暴に閉める音だけが残った。


 はぁ、とシャルムがため息をつく。


「あの、追いかけなくても?」

「大丈夫だろう。頭に血が上っているだけだ。冷えれば落ち着く。今まで、全国民からあがたてまつられ、国を統治するという重責をになってきたんだ。前のドラゴンの討伐のときだって、村を見捨てて時間を稼ぐという苦しい決断をしてのけた。そんなにやわじゃない」

「そうなら、いいのですが……」


 俺はまだ、女王陛下とリズを同一視できていない。

 頭ではわかっていても、女王陛下がこんなところにいるわけがないという思いが強い。

 当たり前だ。一国をべる人物がこんなところにいていいはずがない。


 シャルムの態度にも疑問があった。

 俺もリズにはリズとして接しているが、シャルムは侍女だという。

 王宮では女王陛下のおそばにはべっているのに、あんな乱暴な態度をとれるだろうか。

 どう見ても、シャルムの方が立場が上だろう。


 しかし、リズは、女王陛下のご加護が効果を発揮していないことを、自分のせいだという。


 リズは本当に女王陛下なのか?


 俺は、そうであって欲しくないと、ずっと思っていたことに気がついた。




「それで、ノトは、森から際限なくスラグが現れることを、どう思う?」


 シャルムは話題を切り替えた。


「不可解ですね。あの魔法陣はそう簡単に描けるものではありません。前に話した通り、木などの障害物をよけながら描かれていますから、あらかじめ図案を用意しておくようなこともできません。現地に行き、その場で構成を考えなくてはならないんです。調査の時点で、他の場所に魔法陣らしきものはありませんでした。あんな大量の魔法陣を、短期間で描き上げるなんて不可能ですよ。魔法陣師が百人単位で必要です。しかし、そんなに大人数が森をうろうろしていたら、さすがに俺たちだって気づくはずです」

「そうか……」


 シャルムはひじをつき、組んだ手の上にあごを乗せて考え込む。

 ほほに影を落とすまつ毛が長い。


 女性……なんだよな。


 確かに少女と見紛みまがうような顔立ちをしているし、声も高い。

 しかし、話し方や立ち振る舞いは、少年――なんなら大人の男だと言ってもいいほどにしっかりしている。

 王宮であの少女と出会ったときには、シャルムだと確信が持てたのだが、こうやって本人を目の前にすると、自信がなくなってくる。


 いや――大事なのは、目の前にいるのがシャルムであり、特別審査官であり、俺の雇い主だということだけだ。


「これからどうしますか?」

「スラグを蹴散けちらして、また森を調査するしかないな。魔法陣の専門家もそろそろ到着するころだろうから、まずは迎えに行かねばならないが」


 シャルムが面倒くさそうに言った。

 自力で来いよとでも思っているのだろう。


「最新の研究を知っている人なのでしょうか」

「会長を通しているから大丈夫だろう」


 師匠か。

 ならば大丈夫だ。適切な人材を寄越してくれる。


 たぶん俺のマヌケっぷりも伝わっているんだろう。

 いつものように爆笑して、涙を拭いたに違いない。


 面白かったから許すと言ってくれるだろうか。

 それとこれとは別と言われるだろうか。


 目の前で国の危機ともいえるような事態が起こっているのに、それよりも師匠の言葉が怖かった。

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