第136話 状況

 絶望感はあっという間に街に広がった。


 いつスラグが突破してくるかわからない。

 たとえこのまま持ちこたえていたとしても、街の出入りはできない。街道も使えない。


 物資がとどこおればやがて限界がくる。近隣の町や村から調達していた食料はすぐに底をつくだろう。


 その近隣の村々はどうなったのか。

 同じように蹂躙じゅうりんされているのではないか。

 

 他の街は? 王都は? 女王陛下はご無事なのか?


 女王陛下のご加護絶対の防御に守られ、獣や魔物への対策よりも、国の発展や他国からの防衛に力をそそいできたターナリック国。


 日々訓練をしている国軍や憲兵団は別として、一般人は危険な森や川に行く必要はなく、協会職員や流れ者、研究者などでない限り、獣に対抗するすべを持たない。

 そいつらだって、森の周縁部や、アルトのような街の近くの洞窟なんかに行く中上級が大半だ。


 街への侵入は防げても、事態の解決は見込めない。

 誰しもがそう思っていた。




「先生、まだ行かないのですか?」


 宿屋の部屋で魔法陣を描いていると、いつの間に入ってきたのか、ソフィが話しかけてきた。

 ちょうどきりの良い所だったので手を止める。


「どこに?」

「協会にですわ!」

「何かあれば呼ばれるんだから、呼ばれないってことは、やれることはないってことだ」


 立ち上がって大きく伸びをし、そのまま体を左右に傾けると、背中がバキバキと鳴った。


「街がこんなことになっているのに、宿にこもっているだけだなんて!」

「あ?」


 顔だけで振り返ると、ソフィが眉を吊り上げていた。


「あのなあ……」


 後頭部をかきながらソフィに向き直り、ため息をついた。


「シャルムに宿にいろって言われただろ。待機も立派な仕事だ」

「もう三日ですわ! 協会に行けば何かできることがあるはずです!」

「協会はてんやわんやだろう。今行っても邪魔になる。それにな――」


 俺はソフィと目を合わせた。


「俺は魔法陣を描いている。暇を持て余しているのはお前だけだ」


 がぁんとショックを受けてソフィがけ反り、一歩後退した。


「そ、それは、先生が何もするなとおっしゃるから……!」

「邪魔だからな」

「インクを作るとか……!」

「設備がない」

「……」

「……」

「そ、そうですわ! 魔法陣を教えていただければわたくしも……」

「そんな余裕はないと初日に言っただろ」


 ソフィが下を向いた。


「できることを探しに行って参ります!」

「え、ちょ、おい!」


 顔を上げずに俺の足に言い放ち、ソフィは部屋を出て行ってしまった。




「で、どうなんです?」


 俺は難しい顔で座っているシャルムにたずねた。リズはその後ろでイライラと歩き回っている。


 ソフィが出て行ってしばらくして、協会から呼び出された。


 だから待っていろと言ったのに。


 仕方がないので言伝ことづてを残し、トビと一緒に出向いた。


「よくはないな」


 シャルムはテーブルの上に組んだ手を置き、その手をじっと見つめている。


「あれ以来、街への侵入はない。軍がよくやってくれている。守るどころか、討伐する余裕さえある。しかし――」


 スラグは倒すことができる。

 体制を整えて落ち着いてことに当たれば、街門の防衛だけではなく、前線を押し上げることだってできる。

 なにせリズとシャルムがいるだけで複数のスラグを相手取ることができるのだ。軍までいるのだからいつかは片付く。

 人々が思っているほど、スラグは脅威ではない。


 ではなぜ、シャルムは言いよどんでいるのか。


 リズが乱暴にシャルムの隣の椅子を引き、どかっと座った。

 それに後押しされるように、シャルムが再び口を開いた。


「――倒しても倒しても次から次へとスラグが森から湧き出てきている。正直終わりが見えない」

「そんな……!」

「くそっ!」


 感情を出さずに話すシャルムとは対照的に、リズは怒りに任せてダァンッとテーブルにこぶしを打ちつけた。

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