第六章 湖群

第135話 孤立

「ひどい……」


 ソフィが言葉を失ったように、街の被害は甚大だった。

 建物が壊され、店の商品が散乱し、死体やその一部があちこちにあり、所々に煙が上がっているのが見える。


 どこかで子どもの泣き声がする。


 城門周辺がひどい有様ありさまなのは当然として、その内側の被害も相当なものだった。

 上級もちパーティが討ち漏らしたスラグが奥に入り込み、避難誘導をしていた中級以下ではあらがうことができず、また住民は中心部方面へと避難していたことから、むしろ一体あたりの被害は城門付近よりその内側の方が大きかった。


 その場にいて運よく生き延びた人は、地に膝をついて呆然ぼうぜんとしていたり、倒れている誰かの横に座り込んで号泣していたり、必死に誰かの名前を呼びながら歩き回っていたりした。


 混乱に乗じて物盗りをしたり、息絶えたスラグから素材をぎ取ろうとする者もいないほど、誰しもが目の前の現実を受け入れられないようだった。


「大丈夫ですか? 今魔術をかけますわね」


 ソフィは負傷している人を見かけるたびに駆け寄り、回復魔術を唱えていた。


 しかし間に合わず、ソフィの前で息を引き取る者もいる。

 そのたびに唇を噛み締め、強く握り込んだ爪が手のひらを傷つけていた。


 俺はといえば、スラグの体を調べていた。


「どこもおかしなところはないな」


 やはり大きさ以外に違いは見あたらない。


 といっても俺にわかることなんてたかがしれていて、協会職員や、それこそ特別審査官であるシャルムの方がずっと詳しいだろう。

 彼ら――彼女らが調べて何も出ないのだから、いくら俺が見ても何の足しになるわけでもない。

 外見に加え、解剖、素材の性質、動き方に至るまで詳細に調べられているはずだ。

 その結果、一応同種らしいとされているのだ。


 ――あの赤い球を除いて。


 普通のスラグにもあるのかもかもしれない。

 何十年も狩られ続け、それでも発見されなかったのは、小さすぎて見えなかっただとか、すぐに消えてしまって見つからなかっただとか。

 何らかの事情で発見が隠蔽いんぺいされている可能性もある。


 考え出すとキリがないな。


 俺は頭を振って考えるのをやめた。


 目の前で横倒しになっているスラグの立派な爪や牙を見て、誰も取らないならもらってしまおうかと思った。


 なにせ財布はすっからかんなのだ。

 正確には、財布には少し入っていて、指輪もつけている。

 しかしそれは報酬の前払いという形でシャルムが出してくれたものであって、まだ俺のものではない。言うなれば借金だ。


 森であんなに獣を倒したのに、スラグだって倒したのに、ほとんど無駄にしてしまっている。もったいない。


 しかし、この街の雰囲気の中で素材集めをする勇気はなかった。

 協会か軍あたりが回収して、復興費用にあてるだろう。


 スラグの死体一つとっても、このまま放置して腐らせていくわけにはいかない。森とは違い、素材回収後の処理が必要なのだ。もしかすると建物の修復よりも早く。

 他にも犠牲者のとむらいだとか、職を失った人の支援、減った人員の補充、炊き出し、物資の輸送に至るまで、とにかく金がかかる。


 要は災害の復興と同じだ。


 ただ一つ、災害と違うのは――


「こんな大きなスラグ、見たことない」

「おれもだ」


 避難していた人たちがぽつぽつと中心方向から戻ってきて、そのうちの夫婦らしき男女の会話が聞こえてきた。

 二人とも寝間着のままだ。早朝に叩き起こされ、身一つで飛び出したのだろう。


「ねえ、まだ外にいるって本当?」

「ああ、わんさかいるって話だ。騎士と憲兵が食い止めているらしいが……」


 ――まだ終わっちゃいないということだ。


「獣が女王陛下のご加護を越えてくるなんて……何でこんなことに……」


 男が力なく地に座り込み、頭を抱える。


 それを見下ろすようにうつむいた女が、ぽつりとこぼした。


「女王陛下は助けて下さるかな」


 男が、ばっと顔を上げた。


「当たり前だろ!」

「でも……」

「女王陛下がおれたちを見放すわけがない」


 言いよどむ女に、男が言いつのる。


「でも、もう街道は安全じゃないんだよ!? 支援が来ても、スラグに囲まれている街には入れない! 誰がわたしたちを助けてくれるって言うの!?」


 女が叫んだ。


 その言葉は、周囲に増えつつあった人々の耳にも入った。


 ざわざわと、水面の波紋が広がるように、動揺が伝播していった。

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