第133話 めまい

 そんな……嘘だ……ちびが……そんな……。


 持ち物を全て燃やされたときよりも、自宅が全焼したときよりも強い喪失感に呆然となる。


 足元の地面が崩れ落ちていくような感覚が襲ってきた。

 めまいがする。


「どうして……」


 俺のせいだ。

 俺が無茶な指示を出したから。


 俺のせいだ……!


 なんで、なんで、なんで――


 涙が出そうになるのをぐっとこらえ、叫んだ。




「なんでその姿で死んだんだっ! それじゃ素材が取れないじゃないか!!」




 すると驚いたことに、目の前の変わり果てた姿のちびがぴくりと動き、ぐりんと首だけがこちらを向き、爛々らんらんと光る赤い目と、目が合った。


「……」

「……」


 無言で見つめ合った後、ちびは「ひどいなあ」という顔をして前を向き、匍匐ほふく前進でスラグの口の中に戻っていった。


 なんだ。生きてるなら生きてるって言えよ。

 ショックを受けて損した。


「ちび、じゃなかった、トビ、何やってんだよ」


 ごそごそと口の中で何かをやっているトビの横にしゃがみこんで問う。


 ずりっとトビが後ろに下がってきた。


 再び足を引っ張り、出てくるのを手伝ってやる。


 先程と同じく、腕を伸ばしたままずるっと出てきたさまは、やはり死体にしか見えない。

 しかしさっきとは違い、右手にナイフを持っている。


 むくりと起きて座り、差し出した左手には、赤い球が握られていた。


「ああ、これを取っていたのか」


 つまみ取ろうと手を伸ばすが、トビがパクリと食べてしまった。


「それ、美味いのか?」


 めて味わうでもなく、咀嚼そしゃくするでもなく、ごくりと嚥下えんげしたトビは、「まあまあかな」と肩をすくめた。


 そんな固そうなものを丸飲みにしたら、そのまま下から出てきてしまいそうだが、やがて消えるなら大丈夫なのだろうか。


 あんな怪しげなものを何の疑いもなく口にするということは、ドラゴンか、少なくとも魔物の特性が関係しているんだろう。

 口に入れるという発想は、なかなか出てくるものではない。


 どうせ消えてしまうのだから、調べる方法が見つかるまでは好きにさせよう。


 さて。


「ソフィ、そっちはどうだ?」


 振り返ってソフィに声を投げる。


 しかし、返事はない。


 そりゃそうだ。詠唱中なのだから。


 ソフィはプレートの剣士のところに戻っていて、魔術師とともに回復魔術を使っているようだった。

 軽装の剣士もそばで様子を見ている。


 冷静になってみれば、トビに何かあればソフィがもっと取り乱しているはずで、ただ指で差し示すなんてことはないだろう。

 トビが自分からスラグの口の中に入っていった所を見ていたわけだ。


 そういうトビは、俺が倒した方のスラグの目にナイフを突き立てていた。

 ぐりぐりとかき回し、やがて指を突っ込んで中身をかき出し始める。


 エグい。


 無表情で、顔に血が飛ぶのもお構いなしにせっせとやるものだから、なおさら異様な光景に見える。


 頼むから、取り出した球をそのまま口に入れたりしないでくれよ。

 どう見ても脳味噌を食ってるようにしか見えないから。

 

「先生、終わりました!」


 ソフィの声に気を取られた隙にトビの作業は終わってしまった。

 たぶん、取り出してそのまま食べたんだろうな。


 ソフィの方を見れば、三人にペコペコとお礼を言われていて、体の前で開いた両の手のひらを左右に振っていた。


 じゃあこれで、とこちらに来ようとするソフィを三人が引き止め、なにやら袋を渡そうとするのをソフィが断っている。


 指示を出したのは俺なんだがな。

 

 まあいい。


「もたもたしてんなよ。次行くぞ」

「はいっ」


 ソフィが慌ててこちらに駆け寄り、途中でメイスがないことに気づいて拾いに行き、やっと三人がそろった。


 俺とトビが返り血で血まみれ、怪我をしたソフィがきれいなままなのは釈然としないが、仕方がない。


「と、その前に、トビ、残りの魔法陣を頼む」


 せめて全部使わないと動きにくくてしようがない。


 トビはズボンのポケットから折り畳んだ魔法陣を取り出すが……べったりと血を吸っていた。


 防水対策もなくそのまま突っ込めばそりゃあそうなるよな。

 ここまで汚れてしまっては使えない。


 「ごめん」という顔をするトビに、「いいんだ」と首を振る。


「障壁は?」


 トビは「そっちは大丈夫」ともう片方のポケットから、水をはじく薄紙に包まれた魔法陣を引っ張り出した。

 薄紙をめくれば、ポケットに入れていても陣を一枚ずつ取り出せるようになっている。


「ソフィも、渡したんだからちゃんと使えよ。そうしたらやられずに済んだだろ」

「とっさに使えませんでした」

「まあ、慣れてないんだからそれはいい。それよりも……さっきのは何だ。スラグには勝てないとわかっているのになぜ飛び込んだりした? 言ったよな、自分を守れなければ足手まといだって」

「はい……」

「俺の言葉に従えないのなら、邪魔だから付いてくるな。協会に逃げ込んでろ」


 ソフィは両手でスカートのすそをつかんでうつむいた。


「ひどい! その子は私たちを助けてくれたのに!」


 横から割り込んできたのは、魔術師だった。

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