第132話 建物の陰

 横にずれるとともに力を緩め、勢い余って前に出てきたスラグの目を、切っ先で刺し貫く。

 そのまま横に切り払って目玉を潰した。


 スラグはもんどり打って倒れ、両前脚で目を覆ってごろごろと転がり回った。


 すかさず後ろを振り向き、視界の端でとらえた新たなスラグの跳躍を、こちらも地に転がってよける。

 相手が体勢を整える前に跳ね起きて、剣を構えた。


 本調子でないのは確かだが、それにしてはなんだか調子が悪すぎる。

 昨日は一体相手にここまで手間取らなかった。


 片目のスラグはまだのたうち回っている。

 注意を向けるべきは後から来たこの目の前のスラグだけでいい。


「せんせっ」


 横から聞こえたトビの声は、ソフィが目を覚ました報告だった。


「ソフィ、けが人を」

「は、はいっ」


 ソフィの馬鹿でかい詠唱に混ざって、魔術師のかんきわまった礼が聞こえた。


「トビ、倒れてるスラグを頼む」

「んー」


 トビは俺の指示に戸惑うことなく、唯一の武器である腰のナイフを抜き、もがいているスラグに近づいていく。


 俺が相対あいたいしているスラグもトビが気になるのか、ちらちらと視線を向けている。


 よそ見してんなよ。


 相手の気が散っている隙にと、剣を上段に構えて走り込み、振り下ろされる前脚を横っ飛びでかわして根本近くを横に斬りつける。

 刃が骨に当たるわずかな感覚のあと、振り切った剣は前脚を切り飛ばした。

 バシャバシャと血が溢れだす。


 脚を一本失ったスラグはグッと悲鳴をかみ殺し、間髪入れずに頭突きをかましてきた。


 ひるむだろうとふんでいた俺は、予想外の攻撃を無理やり剣で受けようとするも力に負け、弾き飛ばされた。


 建物の壁に背中から激突する。

 どしんと尻餅をついた背中に、パラパラと壁のかけらが落ちてきた。


 そこにスラグが飛び込んでくる。


 立ち上がる暇もなく転がるように辛うじてさけると、スラグは勢いのままに頭から突っ込み、壁を破壊した。


 ようやく止まったかと思えば、しかし何でもないと言うように頭を引き、立ち上がった俺に向かって三度みたび頭突きを向ける。


 よけてすれ違いながら斬りつけてやろうと思ったのだが、あいにく剣は壁にぶつかった衝撃で取り落としてしまっていた。

 拾うのが先とばかりにすれ違ったまま走り抜け、左手で掴んた剣を右手で握り直す。


 すかさず振り返り、スラグが体を反転させる前に、ももを大きく切り裂いた。


 相手もさすがに脚二本では体を支えておくことができず、地に倒れ伏した。

 それでも身をよじって噛みつこうと顔を向けてくるのを後ろに回り、うなじに剣を突き刺してとどめを刺した。


 スラグが血を撒き散らして暴れまわったせいで、道や建物に大量の血液がかかっていて、俺も頭がぐっしょりと濡れていた。


 そうだ、ちびの方はどうなったんだ。


 見回すが、ちびの姿が見当たらない。


 ソフィは木にもたれている軽装の剣士の横にいる。

 プレートの剣士の横には魔術師がひざまづき、口を動かしている。


 スラグとちびの姿だけがなかった。


 胸騒ぎがする。


「ソフィ、ちびは!?」


 詠唱中のために声では答えられないソフィが、指を差す。


 俺からは建物の陰になっていて見えていなかったそこをのぞき込むと、まず見えたのは、血だまりの中、横倒しになっているスラグ。


 ――ざわりと頭の毛が逆立つ。


 少し顔を横に傾け、こちらに向けた口は大きく開いていて、二つに分かれた上あごの隙間から向こう側がちらりと見えた。


 ――心臓が、どくんと大きく鳴った。


 その口腔こうくうからは、人間の下半身がえていて。


 衣服は血を吸いすぎて、もとが何色だったのかもわからない。


 すそがややずり上がり、靴と服の間でむき出しになったふくらはぎの一部が、血にまみれながらも白く浮かび上がっているように見えた。


 普段通りに足を踏み出したつもりが、力が入らずに少しよろけた。


 ――口の中が妙に乾く。


 いやいやまさかという気持ちと、あの服と靴は間違いないという確信がないまぜになり、叫びそうになった。


 俺は目を軽く閉じて、ふっと息を短く吐き、落ち着きを取り戻す。


 そうであったとして、今からできることはない。

 ならば不確定のまま不安定な気持ちでいるよりも、さっさと確かめて安堵あんどするなり諦めるなりした方がいい。


 感情を押し殺してすたすたと近づき、白いふくらはぎの下、靴に覆われた足首を左手でつかんだ。


 そして、ぐっと引っ張った。


 おもっ!


 右手も使い、ファッチャを収穫するときのように、腰を入れて渾身こんしんの力で引きずり出した。


 両手を上げたうつ伏せの格好でずるりと出てきたのは、予想通りちびだった。


 引っ張ったせいで、シャツのすそが、腰から背中にかけて大きくめくれていた。

 かみ切られていて内臓がこぼれることも覚悟していたが、かみ痕はついていない。


 力が抜けて、持ち続けていた足を落としてしまう。


「ちび……」


 かすれた声が出た。

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