第131話 気絶

 ブシャァッと血をまき散らしたのは、俺でも、もちろんソフィでもなく、スラグだった。

 突き出た上あごを、口腔こうくうから真っ二つにしてやった。

 魔法陣使ってブーストしているんだ。森での失敗を繰り返すものか。


 にしても、ものすごく切れ味のいい剣だ。

 あのなまくらの直後だからというのもあるが、今まで使っていた剣よりずっと軽くれる。

 この剣は、今の依頼が終わっても返却せずにしれっともらってしまおう。貸したとは一言も言われていないことだし。


 ただ、思ったよりも抵抗が少なすぎて、振り上げた勢いでたたらを踏んでしまったのは計算外だった。


 対象を押しやる力が働かないのにも戸惑う。

 あごをかち上げ上を向かせて首もとに入ろうと思っていたのに、目算もくさんが外れた。


 仕方がないのでスラグが下がるに任せ、くったりとしているソフィを起こしにかかる。


「ソフィ、しっかりしろ」


 右手で剣を握り、視線は前に向けながら、左手で肩を揺する。


 しかしソフィはうめき声一つ上げない。

 ちらりと見れば、後頭部のものであろう血が幹についていた。


「おい、そこの魔術師!」


 顔が血染めの肉塊となったプレートの剣士の首の傷を、めそめそと泣きながら押さえている魔術師に声をかける。


「回復の魔石を一つよこせ」


 魔術師は剣士の周りに数個置いてある魔石と俺の顔を見比べて、首を振った。すぐに剣士に視線を戻し、原形をとどめていない顔に名前を呼びかける行為を再開する。

 身軽そうな剣士は向こうで木を背に座り込んでいた。


「こいつは回復魔術を使える。急がないとそいつ死ぬぞ」


 今度は無視された。


 そのとき、前脚で傷口を押さえていたスラグが顔から脚を離し、口の横からだらだらと血を流しながらこちらに向かってきた。


「ちぃっ! ――トビ、魔石を一つ盗ってソフィに握らせろ! 血が止まったら殴って起こせ!」


 飛びかかってきた血のしたたる前脚の爪を剣で防ぎつつ、指示を飛ばす。


「やめてっ!!」


 早速トビが魔石を拾い上げたのか、魔術師の制止の声が鋭く耳に刺さる。


 知るか。

 どう考えてもこっちの方が効率がいい。どうせその剣士は、そんな安物の魔石一つ増減したところで死ぬだけだ。


 爪が剣に弾かれて欠ける。

 が、切り落とすまではいかない。


 魔法陣の効果が弱いのに加え、文字通り死に物狂いで攻めてくる相手に、どうしても受け身になる。

 防ぎ続けているのは容易たやすく、このまま時間がたてば、やがて出血で相手が倒れるだろうことはわかっているが、先ほどからあちらこちらで怒号が聞こえてきているのが気になる。

 こちらに来られたら面倒だ。


 攻めに転じようと、前脚の払いを体をかがめてかわし、踏み込んでのど元を狙うが、残りの三本の脚でぱっと飛び退かれてしまった。


「た、助けてくれぇ……!」


 突然後ろから聞こえてきたのは、弱々しい男の声。


 目の前のスラグの牙を受け止めた瞬間に素早く背後に視線を走らせると、年輩の男が足をもつれさせて転び、かばった腕ごと上半身を食いちぎられたところだった。


 くそっ。


「危ないっ!」


 魔術師の声を聞くまでもなく、後ろから、男を食ったスラグが迫ってくる気配を感じた。

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