第129話 侵入

 早朝、灯りがなくても手元がうっすらと見えるほどに明るくなった頃、予定していた魔法陣の大半を描き終えた俺は、腕を組み椅子の背にもたれて仮眠をとっていた。


 そこへ響く、バンバンとドアを叩く音と、ソフィが何やら怒鳴っている声。


 ふああぁと大きくあくびをして、「はいはい今開けますよ」とゆらりゆらりと薄目のままドアに向かう。


 静かになったドアのカギを開けようと手を伸ばしたとき、ドバキャッと音がして、木っ端が飛んできた。


 一瞬で血液が体中をめぐり、とっさに飛び退く。


 テーブルに手を伸ばし、手探りで何かないかとつかんだものはさじだった。


 武器になるか、こんなもん!


 ぺしっと床に捨てる。


 その間も、ドカバキと嫌な音は続いており、無駄に重厚なドアが外側から破壊されていく。


 鍵穴の横に開いた穴からにゅっと出てきたのは青白い手。


 それがカチャリと鍵を開け――。


 身構える俺の前に飛び込んできたのは、寝間着に外套がいとうを羽織っただけの格好でメイスを持ったソフィだった。


「先生! 大変なんです!」

「おま、まさか、メイスでこの扉を破壊したのかよ!? それ弁償したらいくらになると思って――」

「そんなことはどうでもいいのですわ! 大変なんですの!」

「っていうか、そんな格好で宿からここまで来たのか!? 何考えて――」


 ドバキッ


 ソフィが俺の方を見たまま右手で無造作にメイスを振り、横にあったテーブルを真っ二つに破壊した。

 載っていたさじやら皿やらわんやらが宙を舞う。


 俺は口をつぐんだ。


「黙ってわたくしの話を聞いて下さいませんこと?」


 笑顔で怒っているソフィに、無言のまま首を縦に振る俺。


「森から大量のスラグが現れて、街を取り囲んでいますわ。何頭かは街の中まで入り込んでいます」

「そんなば――」


 馬鹿なと続けようとして、ソフィが上げたメイスを見て黙った。


 言われてみれば下が騒がしい。こんなに朝早いのに。


 女王陛下のご加護に守られた街の中に、獣が入り込むなんて。

 いつ以来のことなのだろう。


「協会から援助要請が出ていますわ。特級持ちは街の外、上級は街の中のスラグの討伐、中級以下は住民の避難の援助です。先生もわたくしも無印ですが、シャルム様から、街中のスラグの殲滅せんめつをと」


 ソフィが振り返ると、いつの間にかちび……トビがいて、背負ったり腕に下げたり抱えたりしていた大量の荷物を床にどさりと落とした。


「宿の荷物は全て持ってきました。――先生、ご指示を下さいませ」


 ようやく俺のターンが来たらしい。


 しかし、あまりの異常事態に頭がついていかない。


「よくやった。まずは着替えてこい。その間に考えをまとめる」

「わかりました」


 ソフィが服を抱え、バキバキに壊れている半開きのドアを開けて部屋を出て行った。


 前線が外だということは、不意打ちを食らって何頭かの侵入は許したものの、それ以上は押しとどめられているということだ。

 ならば、まずは街の中のスラグを討伐するというのは理にかなっている。それらさえいなくなれば住民に被害が及ぶことはなくなるのだから。


 ゴラッドの街門は三カ所。

 うち、森に近い二カ所には人手が集まっているだろうから、手薄になっていると思われるもう一カ所に向かおう。


 よし。

 方針は決まった。

 ならば次は準備だ。


 描き上げた魔法陣をポケットの中にしまっていく。

 どこに何を何枚入れたのか覚えておかなくてはならない。

 戦闘中に魔力の注ぎ込みに失敗すれば命取りだ。


 魔法陣を六枚残して全て収め、トビの足元から剣を拾おうとして手を止めた。

 俺のじゃない。

 というか、あの剣は森に捨ててきたから、剣は持っていない。


 そこに着替えたソフィがやってくる。


「リズさんが先生に、と。安物を使われちゃこっちの身も危ない、だそうですわ」


 ソフィは嫌そうに言うが、では遠慮なくと手に取った剣をさやから抜けば、鈍く光る剣身は美しく、刃先は刃こぼれ一つしていない。

 一目でお高そうだとわかる一振りだった。

 協会の倉庫にでもあったやつをちょろまかしたのだろう。


 ほくほく顔で剣を下げる俺を、ソフィは呆れ顔で見ていたが、すぐに自身の準備を始める。


 最後に、二人に魔法陣を三枚ずつ渡した。


「障壁の陣だ。体の前で構えて使うと、体を覆う程度の大きさの障壁が現れる。それなりの硬さはあるが、持続時間はあまりない」


 二人とも、神妙な顔つきで受け取ると、丁寧にしまった。


「よし。準備できたな。行くぞ」


 片付けもそこそこに部屋を出る。

 一応ドアは閉めたが、背後でギィと音が鳴っていたので、たぶん開いてしまっただろう。



 協会のロビーは職員や訪れた人々でごった返していた。

 ひっきりなしに大声が飛び交い、書類を持った職員がせわしなく歩き回っている。


 入り口には、やはりというべきか憲兵がいて、出入りを見張っていた。


「よくあんな格好で入ってこれたな」

「ちょうどリズさんが通りかかったのですわ」


 またも嫌そうな顔をする。


 そんなに嫌わなくてもいいだろうに。


 協会の外はあまり騒がしくなかった。

 朝特有のピンと張り詰めた空気はあるものの、今この街に獣が入り込んでいるような様子はない。


 中心部まではまだ混乱が伝播てんぱしていないようだ。

 そのうち避難する住民が押し寄せてくるだろう。


「こっちだ」


 二人を従えて、目当ての街門に向けて走り出した。

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