第128話 調合

 部屋に戻ってきたソフィは、皮膚の露出の少ない長袖長ズボンの格好で、邪魔な髪は後頭部にまとめていた。


「あら、どうしたんですの」


 ソフィは、ドアの横で膝を抱えて座っているちび――トビに気がつき、顔を覗き込んだ。


 俺は真ん中のテーブルの一つの前に座って用紙のチェックをしていて、ソフィの声が聞こえるまで、そんな様子には全く気付いていなかった。


「ふふっ。トビさんにももちろんお仕事がありますわよ。わたくしの助手です」


 笑いながら手を引いてトビを立たせると、トビは満足そうな顔をしていた。

 自分だけ役割をもらえなくていじけていたようだ。


 これじゃどっちが年上かわからないな。


 ん?

 トビは、いくつなんだ?


 人間姿の見た目と年齢が一致しているとは限らないし、ドラゴンは人間よりも長寿だと聞く。ちびドラゴンだからといって、子どもに見えるからといって、人間基準で若いとは限らない。

 実は五十歳くらいだったりして。


 なんとなくひげをたくわえた姿を想像してしまい、くくくっと一人で笑いを漏らすと、二人から変な目で見られた。


 ソフィは手際よく調合を進めていき、ちび――トビも、ソフィの指示で忙しく動き回っていた。


 主な仕事は火力の調整だ。

 ドラゴンの姿で鍋の下に炎を生じさせ、ソフィの指示で強さを加減している。

 魔石よりも反応がよく、細かく調整できると、ソフィがしきりに褒めていて、トビもまんざらではなさそうだった。


 他にも、人間の姿で素材や道具を取りに行ったりしていたが、人間時に服を着るのが面倒らしく、そのうち裸でいるようになってしまった。

 最初は前を服で隠していたのに、片手がふさがるのが嫌だったのか、次第にそれすらしなくなり、全裸で堂々と歩き回る始末。


 これにはソフィも真っ赤な顔で抗議したが、トビは「いちいち着てられないよ」という顔をするだけで言う事をきこうとしなかった。


 もともと羞恥心しゅうちしんというものが欠如けつじょしていて、隠したいという気持ちがないようだ。

 トビにしてみれば、ドラゴン時は素っ裸でもいいのに、なんで人間時はわざわざ服を着なければならないんだ、と思っていることだろう。


 というわけで、一心不乱に紙に何かを描いている男と怪しげな調合をしている女、ときにはその周りを全裸の男が歩き回り、ときには真っ赤なドラゴンが机の上で火を扱っているという、なんとも異常な空間が出来上がった。


 これは誰にも見せられないと苦笑する。


「できました!」


 何度かにわけて調合していた基本の黒インクを作り終えたソフィが、元気よく声を上げた。


「じゃあ、次は、アイルとナダバナとツヅの牙とガジュダナの花弁とユルシャクラの葉で赤インクだ。ガジュダナは砕いたツヅをしばらく浸してしたアイルの汁と一緒にすって濾したツヅを戻して火であぶったナダバナを加えてから火にかけ沸騰前に火を止め刻んだユルシャクラを入れてとろ火で煮て青色になったところで火を止めて濾してまして鮮やかな赤色になったら完成。んじゃ、よろしく」


 指示だけ与えて、魔法陣に戻る。

 ソフィの顔が引きつっていたけれど、まあ大丈夫だろう。


 まだ黒インクしかないので、とりあえず黒で描けるところから描いていく。

 ソフィが言ったように、表面が荒くてにじみやすいその紙は、ペン先が引っかかって描きにくい。

 魔力の反応も良くない安物の紙。普段の俺なら使わない。

 おそらく重要な書類を劣化させないように使っている、普段使いの紙なのだろう。


 だが、用紙があるだけマシだ。

 この上紙の加工までやっていたら終わらない。


 用紙もインクもそれなりなので、普通に描くと、発現する魔法の威力もそれなりになってしまう。

 そのため、いくつもの線を引き、細かな文字を書き込み、魔法陣の方で出力を上げる。

 その分起動に使う魔力も多くなってしまい、砕く魔石の数も多くなってしまうが、効果のない魔法陣をいくつ使っても意味がない。

 そもそも起動できなければ威力もクソもないのだが……。


 ヤヤカド割り器では限度がある。

 それはわかっているが、あの破砕器は一日や二日で作れるようなものではない。

 まさか二つともなくすとは思っていなかったし、予備代わりの試作品が家にあるが、取りに行く時間がない。というか、燃えたんだろうな、あれも。


 わずかでも魔力がありゃ、こんなに苦労しなくても済んだのに。


 こういう事態におちいると、どうしてもそんなことを考えてしまう。


「先生」


 無駄な思考に精神力を費やしていると、ソフィに呼ばれた。


「煮ていますが、青色になりません」


 見れば手元の鍋の中はどろっとした灰色をしていた。


「ナダバナをあぶりすぎ。ツヅを浸している時間が短い」


 言えばソフィはてきぱきと動き出す。


 知識や経験は少ないが、頭は悪くないし、学ぶ姿勢はある。

 魔法陣もすぐに書けるようになるだろう。


 そうなればそれこそ悠々自適の毎日だ。

 弟子を育てるのも悪くないな。



 ソフィには他に青と別の黒を二種類作らせ、遅くなる前にトビと共に宿に帰した。

 俺は久しぶりに魔法陣で徹夜だ。

 体も頭もつらいはずなのに、しっくりきて調子がいいとさえ思えることに我ながら笑ってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます