第127話 名付け

「ねえ、お兄さん、きれいな髪をしているのね。暇なら私と遊ばない?」


 後ろから聞こえてきた甘ったるい声に、俺は今日何度目かわからないため息をついた。


 うんざりした顔で振り返れば、胸の谷間を強調した服を来た派手な女性が、ちびの腕に絡みついていた。

 

 一度目、力いっぱい振りほどこうとして相手にけがを負わせそうになったので、我慢してじっとしていろと言った言葉を守って、ものすごく嫌そうな顔をしながらも、なんとか耐えている。


「あー、そいつ、俺の連れなんだ。離してやってくれないか」

「あら。お兄さんも? ふぅん。……まあいいわ。来たかったら来てもいいわよ」


 値踏みをするように、俺の上から下まで視線を走らせたその女は、仕方がないわねというように言った。


 おい、なんだその扱いの差は。


 これまた何度目かもわからないやりとりなので、今さら腹も立たないが、もやもやとした気持ちは残る。


「先生、買ってきましたわ」


 ちょうどいいタイミングで、ソフィが店から出てきた。

 ちびの様子に気がついて小さくため息をつくと、買ったものを俺に押し付けて、女に向かっていった。


に何をしていらっしゃるのかしら。嫌がっているのだから離してくださらない?」


 腰に手を当てて、イラついた声を出す。


「このお兄さん、あなたの恋人? ……そういうことなら仕方ない。お兄さん、この子に飽きたら私と遊んでね」


 俺と同じようにソフィを値踏みしたあと、女はぱっと腕を離し、甘い香りを残して去って行った。


 恋人がいることに気が引けたのか、ソフィには勝てないと思ったのか、とにかくここで引いてくれてよかった。

 これでも引いてもらえなければ、実力行使をすることになって面倒だ。


さん、そのお顔、もう少しどうにかなりませんの?」


 ソフィがちびの顔をのぞき込んで言うと、ちびはつかまれた腕を汚れを落とすかのようにさすりながら、「そんなこと言われても」という顔をした。


「ソフィ、お前もだぞ」


 この二人、店が多く立ち並ぶ繁華街にきてからというもの、声をかけられてばかりだ。


 金髪と赤髪という目立つ色が人目を引き、よく見れば美男美女だ。

 街の外に出られなくて暇を持て余した連中が目をつけるのも無理はない。


 二人そろっていれば良いのだが、片方だけになると途端に寄ってくる。

 隣に俺もいるというのに、全く目に入っていないらしい。


 とはいえ、俺も二人の顔の良さを利用しているのだから、人のことは言えない。

 店員が男ならソフィを、女ならちびを行かせると、サービスがよくなるのだ。

 世の中は全く不公平だ。


「今ので最後だ。ソフィ、ちび、次は協会に行くぞ」

「先生、さんじゃなくてさんです」


 手元の紙に目を通して協会に足を向けると、横からソフィの突っ込みが入った。


「すまん。慣れなくて」


 と呼ぶと余計に相手の興味を引いてしまうため、この際ちゃんと名前をつけようということになり、ちびをもじってとした。

 安直すぎると思うのだが、本人はいたく気に入っているようだ。


「ソフィ、トビ……協会に行くぞ」

「はい」

「おー」



 協会の調合室には、中央にテーブルが四台あり、左右の壁際にもテーブルが二台ずつ置いてあった。


 右手にはリストにあった素材が並べてある。

 よく出回るものばかりだが、いくつか手にとって質感を確かめたり、匂いをかいでみたりしたところ、質は悪くないようだ。


 左手には調合のための道具や器具が置いてあった。

 少々型式は古いが、扱いに困るほどではない。

 当たり前だが、魔石の使用を前提としたものばかりである。


「ソフィ、まずはありったけのニール、アツ、ヤルサ、マヨナギで黒インクを頼む」

「や、ヤルサ?」


 素材の前で、ソフィがあたふたとする。


「ハーナールヤルサ。そこの青いやつ」

「ナギリを使うのではありませんのね」


 ソフィがヤルサの葉のたばを手にとって、にじみ出てきた青い汁に顔をしかめながら言った。


「ナギリは数がそろわなかったからヤルサで代用する。きざんで強火でとろみがついたらしてあとはナギリと同じだ。わかるな?」

「ええ。先生にきたえられましたから」


 こちらを向いてにこりと笑うソフィは、自信に満ちあふれていた。


「念のため言っておくが、まずは――」

「少量を調合してみて素材の状態を確かめる。素材は採れた時期や保管条件などによって変質するので、それにあわせて調合法を変える」


 ソフィはピンと人差し指を立てた。


「それと用――」

「使う用紙の状態を確かめ、適した粘りに調整すること。――これはにじみやすそうなので、粘りは強めに、ですわね」


 真ん中のテーブルに積んである魔法陣用の紙を手で触った。


「……大丈夫そうだな。よし、始めよう」


 手をパンッと叩いて気合いを入れる。


「ああそうだ、その前に――」

「隣の部屋に用意していただきました。着替えてきます」


 ドアに手をかけるソフィ。


「それと――」

「部屋の鍵は必ずかける。トビさん、お願いしますわ」


 ツインテールが消えたドアの鍵を、ちび……じゃない、トビがかちゃりと閉めた。

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