第126話 用心棒?

「先生、起きていらっしゃいますか? そろそろ朝食のお時間ですわ」


 突然ノックの音がして、ソフィの声が聞こえた。


 そのあとゴツンゴツンと聞こえてくるのは、ちびがドアの下の方を軽く蹴っているのか。


「起きてる。入っていいぞ」 

「先生、おはようございます」

 

 ソフィが丁寧にお辞儀をした。


「おはよう」


 俺が答えると、なんだかちびがもじもじしている。


「ほら、ちびさん」


 ソフィがちびの背中にそっと手を添えた。


「はよー」


 ちびが恥ずかしそうにぺこりと頭を下げた。


「お、おはよう」


 俺が挨拶を返すと、さっとソフィの後ろに隠れてしまう。


「二人で練習しましたの! かわいいでしょう?」

「あー……」


 か、かわいい?

 図体のでかい男がはにかんでいるのが、かわいい?


 やめてくれ。

 そんな期待した目でこちらを見ないでくれ、二人とも。


「……がんばったな」


 答えにきゅうして、無難な言葉に逃げてしまった。

 ソフィとちびが顔を見合わせて嬉しそうに笑ったから、まあいいことにしよう。


「それで、朝飯だったか」

「はい。先生の体調がよろしければ」

「ああ。もう大丈夫だ。昨日は悪かったな」

「いいえ。わたくしも、みずから家を出た身とはいえ、残してきたものを全て処分されていたらと思うと、胸が締め付けられそうですわ」


 ソフィは胸を拳とそれを覆う手で押さえた。


「ソフィ、一度家に――」

「いいえ! たとえ思い出が全て処分されてしまっていようとも、わたくしが今いるべきはここなのです! 弟子にして頂くと決めたときに覚悟しておりましたわ!」


 今度はバンッと胸を叩き、腰に手を当ててふんぞり返った。


 ああ、そうだな。

 俺もそうだ。


 師匠の元を離れると決めたとき、命を狙われることも、そこらで野垂れ死ぬことも、獣に生きたまま食われることも、覚悟したはずだ。


 研究を進めるための物資は失ったが、成果は頭に入っている。

 またここから始めればいい。

 

 そのためにはまず、こいつらをきたえて、さっさと戦力になってもらわないとな。

 戦闘にしても、研究にしても。


 そして、成長したちびをいつか――。


 何はともあれ、まずは金だ。金がなければなにもできない。

 まともな剣も、魔法陣の素材も、魔石も、とにかく何もかもが足りていない。


「よし。飯行って、依頼の続きだ。さっさと片づけて報酬をもらわないと。協会に集合でいいんだよな?」


 言って立ち上がると、ソフィが変な顔をしていた。


「どうした?」

「昨夜、特審官様が今日はお仕事はないとおっしゃっていましたわ。明日また調査に出るから、その間に魔法陣を準備しておくようにとのことでした」


 そういえば、森の中でそんなようなことを聞いたような気がする。

 詳しい日程は、街の入り口で分かれた時に言われたのか?

 

「協会にある素材は都合をつけて下さるので、リストを見て、足りない分は自分で調達。調合に使う道具も協会のを使っていいそうです」

「調達って言ったって、金が……」

「昨日、特審官様に当面の費用としてこれを頂きました」


 ソフィが左の手の甲をこちらに向ける。

 そこには、もともとつけていた細身の指輪一つの他に、魔石のついた指輪が三つはまっていた。


「そうだったな」


 俺が受け取らないから、ソフィが受け取っていたんだった。


「ってお前、昨日、そのまま夕飯買いに行ったのか!?」

「そうですわ」

「その指輪、どのくらい価値があるのかわかっているのか?」

「ええ。わかっているつもりです」


 わかっていない。

 わかっていないぞお前は。


 ガキがそんなものをいくつもつけて夜に一人でふらふらしているのは、本人が思う以上に危ない。


「大丈夫ですわ。ちびさんがいらっしゃいますもの」


 ねーっと二人で顔をあわせる。


 男が一人横にいるだけで違うのは確かだが、このふわふわへにゃへにゃした男が果たしてその役をになえているのだろうか。


 不安だ。


「指輪を二つよこせ。ソフィじゃ危ない」


 手を差し出すと、ソフィは文句も言わずに指輪をはずした。


 そこにピーンと腕を上げたちびが乱入してくる。


「ちびはダメだ」


 むぅっと口をとがらせ「なんで」と抗議の顔。


「ドラゴンになったら抜けるだろ」


 至極しごく当然の指摘をしたつもりだったが、ちびはハッと驚いた顔をして、その後しょんぼりと肩を落として引き下がった。


「首輪なら抜けないだろうから、あとで考えてやる」


 そう言えば、ちびの顔がぱっと明るくなる。


 こんなにコロコロと表情が変わるんじゃ、やはりソフィの用心棒のふりはできないだろうな。

 全く強そうに見えない。


「さあ、行くぞ。飯だ飯。そのあと協会寄って午前は買い出し。いや、先にリストをもらいに行こう。午後は魔法陣を描く。忙しいぞ」

「はい!」

「おー!」

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