第125話 好物

 日が暮れる前にゴラッドに戻ってきた俺たちは、街の入り口で解散した。

 別れ際にシャルムが何か言っていたようだが、頭に入ってこなかった。


「先生、どこに行かれるんですの?」

「んー? やーどやー」

「お食事はどうなさるんですか?」

「わからーん」


 はぁ。


 ため息しか出ない。


 宿に着き、とぼとぼと部屋に入る。

 

 靴のままベッドに上がり、ころりと横になった。


 ソフィが所在なげに隣のベッドに座る。


 その後ろでちびは器用に靴を脱いでベッドに上がり込み、うつぶせになった。

 頬杖ほおづえをついて、膝下ひざしたをばたばたさせるのが最近のお気に入りらしい。


 ちょうどソフィの両の膝小僧が目の高さにあるが、ぴったりとくっついているため、スカートの中は見えない。


 育ちのよろしいことで。

 プリーツのない、ぴったりとしたスカートだったら見えたかもしれないなあ。


「ソフィ、悪いが、今日はちびと寝てくれ」

「わたくしの部屋でですの!?」


 ちびは足をばたつかせたままこっちを向いて「別にいいよ」という顔をした。


「たかがドラゴン一匹だ」

「でも、ちびさん、男の人ですし……」

「今更。ちびの裸は散々見ただろ」

「な……! そ、そんな、そんなことはありませんことよっ!? 殿方の肌を、み、み、見るなんて、はしたない! そんなことはしておりませんわ! せ、先生の背中がたくましいだとか、腹筋が男らしいだとか、そ、そんなこと思ったりなんてっ! ましてや、ちびさんから、せ、先生のことを、そ、そ、想像するなんてっ、あるわけ、ございませんですのよ!」


 ソフィが手のひらを当てた顔が真っ赤に染まった。


 あわあわと体を動かすのにつれて、膝の合わせ目も左右に動いた。


 そのうちスカートがずり上がり、ちらりちらりと中が見えだす。


 だからといってなんということはない。

 森でもスカートはひるがえり放題だった。


 こんなガキのチラ見せなどなんでもない。

 第一あれは下着ですらないのだ。

 この俺が反応するわけな――


 反応するわけ……。


 反応……。


 ……。


 …………疲れてんな。


 はぁ。


「ソフィ、これでちびと飯行って来い」


 ポケットの貨幣をはじく。

 ソフィはそれを何度か跳ね上げてからやっとキャッチした。


「先生は?」

「いい」


 仰向けになり、目元に腕を乗せていう。


「何か召し上がった方がよろしいですわ。あんな、大変な戦闘があったのですし」

「食欲がない」

「そうですの……」


 ソフィは寂しそうに「ちびさん、行きましょう」とうながした。


 ちびは不器用に靴を履き、不格好にひもを結んだ。


「待て」


 扉から出て行こうとする二人を引き止める。


「やっぱりダメだ。お前ら二人だけで飯に行くのは危ない。その辺の屋台で何か買ってきて、隣の部屋で食え」

「……わかりましたわ」


 今度こそ、ソフィとちびは部屋を出て行った。


 ああ、靴、脱がねぇと。


 一瞬起きあがってひもをほどき、足を使って靴を脱いだ。


 今日は疲れたな。

 これ以上は明日考えよう。



 

「先生、起きていらっしゃいますか?」


 夢とうつつとの間をふわふわとただよっていたら、ソフィがキィと音をたてて部屋に入ってきた。


「んあ? なんだ……?」


 明かりのついていない真っ暗な部屋に、開けたドアから廊下の光が差し込んでくる。


 まぶしさに目を細めて見ると、ソフィが手にした皿をこちらに差し出していた。

 ふわりとおいしそうな匂いが漂う。


「これなら召し上がるかもと思いまして。トラティットの塩焼きです。先生、お好きなんでしょう?」

「なぜそれを……」

「特審官様にお聞きしました」

「シャルムに?」

「はい」


 いつの間に。


「他にもいろいろお聞きしましたわ。先生が嘘をつくときの癖とか、先生の先生のこと、魔法陣を描いているときの独り言――はわたくしも存じ上げておりましたけれど、とにかくたくさん」

「待て。嘘をつくときの癖? なんだそれは」


 思わず体を起こした。


「ふふっ。秘密です」


 ソフィは人差し指を口の前で立てた。


「まさか、シャルムに会えるとわかって喜んでいたのは……」

「もちろん、先生のお話をうかがうためですわ。――では、ちゃんと召し上がって下さいね」


 俺に皿を押しつけて、ソフィはドアのふちに手をかけた。


「おい、他には何を――」


 聞く前に、パタリとドアが閉まり、部屋は暗闇に閉ざされた。


 俺、明かりけられないんだが。どうやって食えと?




 明くる朝。


 手探りでトラティットを平らげ、ぐっすりと眠った俺は、住居と財産の全てを失った悲しみと喪失感と悔しさと怒りと不安と――とにかく様々な負の感情から解放されていた。


 今日から流れ者だ。


 流れ者の資産は自分の体。

 とにかく健康でいること。

 そうすれば力仕事でも何でもやって食っていける。


 養わなきゃならん弟子とペットがいるが。


 ひょっとして、魔術が使えるソフィの方が俺より稼げるんじゃないだろうか……。


 弟子に稼がせて悠々自適の毎日。

 最っ高だな!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます