第124話 全焼

「これからどうしましょうか」


 スラグの中身をほじくり返す作業は終わった。

 得られた情報は、謎の球があることと、その場所は様々だということだけ。


「いい時間だ。そろそろ街に戻るべきだな」


 日がだいぶ傾いている。

 夜になる前に帰ったほうがいい。


「魔法陣が関係していることはわかったんだ。詳しい人材を要請する」

「そうですね。でも、スラグの出現に関係ありそうな大型の魔法陣も、スラグの中から出てきた球も、あまり大っぴらにするのはよくないと思います」

「わかっている。その点も会長に伝えておく」


 協会の会長――師匠。


 魔法陣全焼の件といい、逃亡犯として音信不通だったことといい、これから待ち受けている数々の制裁が恐ろしくてたまらない。

 考えないようにしていたのに、シャルムの発言をきっかけに、そのことが頭の中をぐるぐると駆け巡る。


「おい、ノト、聞いているのか?」

「先生、お顔の色がすぐれませんわ」

「ん? ああ。――すみません。聞いていませんでした」


 気がつけば、全身に汗が吹き出していた。


 なぜだろう。スラグに追い詰められていたときより身の危険を感じるのは。


「ノトは街に戻ったら魔法陣を準備しろ」

「魔法陣がねぇから仕方ねぇなんて言い訳、聞きたくねぇからな」


 リズの含みのある言い方に、ソフィがむっとした顔を見せる。


「わかりました。しかし、時間と……なにより先立つものがないとどうにもなりません」

「協会を通して便宜を図る」

「それでも、さっきのような魔法陣の素材は、そろえるまでに年単位でかかりますよ。いくら協会でも、すぐには準備できないでしょう」


 さらに、素材の中には、人に言えないようなものもあるし、製法の中にも、人には見せられないようなものがある。


 改めて、失ったものの大きさを実感する。


「ノトんちまで取りに行かせりゃいいんじゃねぇ?」

「いやぁ、家にもないですね。少量しか残っていなかったので、持ち出してしまったんです」


 本当はある。

 が、探しされるとまずい。


「リズ、ノトの家は……」

「あ」


 言いよどんだシャルムに対し、リズがしまったという顔をする。


「俺の家がなんです?」

「いやー、その、あれだ、なんつーか……」


 俺は、国家転覆の容疑がかけられていた。


 そのときすでに家探しされていたのか?

 魔法陣関連のものは全て没収?


 かわいそうな人を見るようなシャルムの目が、なんだか心に突き刺さる。

 目が泳いでいるリズの様子に不安がかきたてられる。


「いつかは伝えなくてはならないからな――」


 強引に話を打ち切ってしまいたい。

 だが、いつかは知らなければならないのだろう。


「――全焼だ」

「は?」


 聞き間違いだと信じたい。


「だから、全部燃えたっつってんだよ。アルトのバカが危険分子だって暴走しやがってな」

「全部、燃えた? ええとそれは……」

「勘違いしねぇようにはっきり言っとくが、家ごと、だ」


 家ごと。

 全焼。


「ひどいですわ! なんでそんなことを! おうちに火を放つなんて! 可愛らしいおうちでしたのに」

「あのバカどもをかばうわけじゃねぇが、お前らが逃げちまったからだぞ。アジトに戻ったら厄介だっつってな。中をあらためもせずにいきなりだ。証拠も探さずにやったっつーのも問題だが、何より、何があるかもわからねぇってのに。タポギリでもあったらどうするんだっての。量によっちゃ、毒の煙で周辺の住民全滅だぞ」


 リズは額に手をあてて、やや俯き加減で首を左右に振りながら、大きくため息をついた。

 途中から愚痴になっている。


 タポギリは、ちびを連れて帰ったときに処分した。

 うっかり火がついたら大惨事になるからだ。


「そうですか……全焼ですか……強力な耐火をほどこしてあったんですが……魔術を使えなくする陣ももちろんありましたし……」

「手を焼いたと聞いている」


 火だけに?


 そんなツッコミが浮かんでくるくらい、ショックを受けていた。

 いや、一周回ってもうどうでもよくなってきたような気がする。


「そのせいもあった。人目をはばかるように街の外の森に住む変わり者。無印のくせに大金を持っている。希少な素材や高価な素材を欲しがる。家に行ってみれば得体のしれない力で魔術は使えない。躍起になるのも無理はない」


 それにしたって。

 人んちを勝手に燃やすか?


 財産のほとんどを協会に預けておいてよかったと、安堵あんどした。

 いや、もしかして――。


「当然、協会へ預けてたもんも没収されたかんな。すでに市場に出ている」


 とうとう俺は崩れ落ちてしまった。


 元手がなければ素材が買えない。


 もう二度と手に入らないだろうと思われる素材もあった。

 弟子として魔術院にいたころからこつこつこつこつ集めて来た素材。


 魔法陣師を廃業するしかないかもしれない……。


「先生、しっかりなさってください。ご心情はお察しします。こ、この依頼が終われば、報酬が手に入りますわ」

「そうだな。これを終わらせて、稼がないとな……」

「ノト、当面の費用としてこれも渡しておく」


 シャルムが魔石のはまった指輪を三つはずして差し出した。


「ありがとう、ございます」


 手を持ち上げる気力もない。


「わたくしが」


 ソフィが代わりに受け取り、指にはめた。

 ほっそりとした指によく似合う。

 

「いつまでもほうけてるんじゃねぇよ。さっさと戻って魔法陣を描け」

「ですが、素材が……」

「ある分で何とかしろよ。天才魔法陣師だろ」

「そうですわ! 先生ならできますわ! わたくしもお手伝いいたします!」

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