第122話 小球

 俺がひざをついて手近なスラグの体を調べ始めても、ソフィはうつむいたまま動こうとしなかった。


「そこの、突っ立ってないで手伝え」


 弟子、という言葉が効いたのか、ソフィは唇をぐっと噛み、顔を上げた。


 そうだ。さっさと気持ちを切り替えろ。


「何をすれば、よろしいのでしょうか」


 ソフィは、頭部がつぶれて脳みそが飛び散っているスラグに、ためらいもなく近づいてくる。

 今更ながら、こういうの平気なんだよなあ。良家のご令嬢なら、気持ち悪いだの生臭いだの言って遠巻きにするだろうに。

 ぬくぬくと育っていれば、一生見なくてよい光景だ。


「普通のスラグと違うところがないか探して欲しいんだが……ソフィは普通のスラグがどういうものか知らないよな」

「すみません。見た目、くらいしかわかりませんわ」

「実は俺も、せいぜい爪や牙の数や形くらいしか判断材料がない。今までの調査で、違うのは大きさだけだってことだったらしいから、改めて調べるまでもないか。――シャルム、俺たちは発生箇所を調べてきます。また魔法陣があると思うんで」


 立ちあがり、背中を向けているシャルムに宣言する。


「そうだな。ノトたちはそっちへ行ってくれ。これだけたくさんのスラグが集まっているのは初めてだから、僕たちはもう少し調べてみる。また敵が現れたら――」

「全速力で戻ってきます!」


 腕のリングはまだあと二つ残っているが、ソフィとちびもいる。合流するのが無難だ。


 話がまとまったところで、ちびに声をかける。


「ちび、行くぞ」


 どこへ行ったのやらと見渡せば、俺が胴を叩き潰したスラグの陰で、なぜかまたドラゴンに戻ったちびがゴソゴソと何かをやっていた。


 まさかとは思うが……食ってるんじゃないだろうな?


「おい、ちび。何やってるんだ?」


 近づいてのぞきこめば、案の定、傷口に頭を突っ込んでいた。


「生肉は食うなって。人間になったときに腹壊すかもしれないんだから」


 しかしちびは、俺の声に反応も見せない。


「ほら、ダメだって」


 うろこに覆われた胴体をつかんで引きはがそうとする。


 なのに、ちびは爪をがっちりと肉に食い込ませ、離れようとしない。

 それどころか、翼をばさりと広げて、俺の手を払おうとまでした。


 様子がおかしい。


「なあ、ちび、どうしたんだ?」

「先生、ちびさん、お食事中ではないようですわ」

「え?」


 よくよく見れば、爪で肉をかき分けて頭を突っ込み、奥の肉に噛みついては引きちぎっているが、その肉を食べるでもなく、べっと口から出している。


「何か探しているのか?」


 ちびの頭は奥へ奥へと埋もれていくが、その歩みは遅い。


「ちび、ナイフを使った方が速い。交代だ」


 すると初めて、ちびがこちらを向いた。

 頭が血で真っ赤になっていて、牙には肉がついたままだ。


 ちびが大人しく横にずれたので、脱ぎ散らかしてあるちびの服からナイフを取り、スラグに突き立てた。


「ん? 骨か?」


 二度目に刃を滑り込ませたとき、何か硬いものにあたる感触がした。


 いや、骨ではない。何だろう。石みたいな……。


 肉や血で汚れている上に切り口が狭すぎて、何かはわからない。


 周りを丁寧に切り取り、手をぐいっと突っ込んで、親指と人差し指で作ったほどの大きさのそれを引きはがした。


「なんだこれ」


 指でつまんだそれは、つるつるとした球状をしていた。

 ソフィとちびの視線も集まる。


 表面にべったりとついた血や肉の欠片を、服でごしごしとこすり取り、改めて目の前にかざした。


「何か動いていますわ。帯のような……これは、文字でしょうか」


 それは、かつて討伐したあのドラゴンに埋まっていた、そしてちびが入っていた、赤い球に、そっくりだった。


「なんで、こんなところに……」

「先生? ご存知なんですの?」


 表面を滑るように回っているのは、白い帯状の魔法陣が一本。

 透かして見ても中には何も入っていない。


 魔法陣は細かすぎて、目を凝らしてみても、読み取れなかった。


「シャルムっ! リズっ!」


 はっと我に返り、シャルムとリズを呼ぶ。


「なんだ? 何かあったか?」


 緊迫した声で伝わったのか、二人は駆け足で近づいてきた。


「これ……」


 二人の目の前に掲げる。


「こりゃあ……」

「なんだこれは?」


 あの時、ちびが出てきたところを目撃したリズと、気絶していたシャルム。

 シャルムは、ドラゴンからこぼれ落ちた球は見ていない。


「これは――」

「あ、消える……」


 ソフィが思わずといったように上げた言葉通り、帯は俺たちの目の前で、すぅっと薄くなり、ついには消えてしまった。

 そしてあの時と同様に、赤い小球も、突然ふっと消えてしまった。


 後には何も残らなかった。

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