第121話 本音

「んだよあのザマは」


 リズがヒュッと剣を振って血糊ちのりを落とし、さやに剣を収めながら、目を細めてこちらを見た。


「魔法陣がないって言ったじゃないですか」

「魔法陣がなけりゃあんなもんか。鍛錬が足りねぇんじゃねぇの?」

「面目ない」


 頭をかいて、ははっと笑う。

 髪は血で濡れてぺったりとしていた。


「ちょっと! なんですの、その言い草は!? 先生は魔術師なんですのよ!? 剣士と比べないで下さいまし!」


 ソフィが突然リズに詰め寄った。

 いつの間に立ち上がったんだ。


「魔力がねぇのにか? 魔術師だってんなら、シャルみたいに魔術でどうにかすりゃいいだろ?」

「な……! あ、あなたには魔術の難しさや、奥深さが、わからないのですわ!」

「へぇえ? なんであたしがわからねぇって?」


 リズが挑発するようにソフィを見下ろす。


「わかるわけが――」

「ソフィ、やめておけ」

「――わかるわけがありませんわ! 黒髪のあなたには!」

「はっ! 本音が出やがった」


 怒り心頭という様子で投げつけたソフィの言葉を、リズが鼻で笑った。


「これだから色付きどもは。髪の色ごときで優劣をつけやがる。生まれつき備わってたもんが優れてるからなんだ? たまたま運が良かっただけじゃねぇか。自分では何もしてねぇのに偉っそうに」

「違……っ! それは、適性が……!」

「違わねぇだろ? 今あたしのこと見下してたよなぁ? ノト先生と同じのあたしを!」


 リズが俺のことを持ち出すと、ソフィはあからさまに狼狽ろうばいした。


「ち、違うんです……わたくし、先生のこと、そんな……!」


 首を左右に振ると、訴えるように俺の目を見、そしてうつむいてしまった。

 顔が青ざめていた。


「はあ……リズ、いい加減にしてください」

「んでだよ。あたしが間違ってるっつーのか?」


 リズは腕を組んで、こちらをねめつける。


「いいえ。でも、そういうのは、師匠たる俺の役割ですから」

「ふん。そういうことなら任せるわ。ちゃんとしつけておけよ」

「はい。すみません」


 リズは興味を失ったように、ふいっと後ろを向いて、スラグを調べているシャルムに合流した。


 俺は、その背中を見つめる。

 正確には、ポニーテールになっている髪を、だ。


 あの祝賀会の日――リズの本当の姿を知った日からずっと聞けないでいることがある。


 ――どうして白髪ではないんですか。


 女王陛下は代々、並ぶ者のいない圧倒的な魔力を持っている証として、全く色のない真っ白な御髪おぐしをしていらっしゃる。


 だが、リズの髪は黒い。

 祝賀会では白かったが、頭皮ごと取ったところを見ると、あの髪は偽物なのだろう。

 髪の色を偽るなんてこと、想像もできなかったけれど……できないことはない。


 なぜ偽るのか――。

 

 ――女王陛下のふりをするため。


 なぜ偽らなければならないのか――。


 ――女王陛下の身代わりを務めるため。


 一番あり得るのは影武者だ。

 警備が万全とはいえ、陛下をしいそうとするやからがいないとはいえない。


 女王陛下が何らかの理由で、表にお出になれないということもある。

 病に伏せっておられるのか、お怪我なのか。とにかく国民に心配をかけないようにとのご配慮なのかもしれない。


 それならば、リズがこんなところにいるのはわかる。

 女王陛下がその辺をうろうろして獣討伐やってるなんて、あり得ないことだ。


 ――だがもし……もし、偽っているわけではないのなら。真実リズが女王陛下なら。


 黒い髪であること。


 それは、魔力が極端に少ないことを意味する。

 皆無ではないだろう。魔石を起動できるのだから。俺とは違う。


 しかし、女王陛下はその膨大な魔力でもって、女王陛下のご加護を維持していると言われている。


 そう、。ただそれだけだ。

 実際、どういう仕組みなのかは知らないし、一人の魔力でどうにかなるようなものではないと思う。


 だが、これも、もし、真実、ならば――。


 巨大なスラグが女王陛下のご加護街道を無視できるのは――。


 女王陛下リズの魔力が少ないせいじゃないのか……?


 女王陛下のご加護。

 その存在により、他国とは全く異なる道を歩んできたターナリック国。


 もし今そのシステムが崩壊したら――。




 ――この国は、滅亡する。

 





「せ、んせい……」

「ん、あ、ああ……」


 ソフィが発した声で、我に返った。


 見上げる瞳が動揺で大きく揺れている。

 泣きそうなのか、少し涙でうるんでいた。


「ごめんなさい、わたくし……」

「その話は、あとにしよう。今は調査が先だ」

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