第119話 川の流れ

「今から魔石の欠片を渡す。まずはポケットに入れろ」


 視界の隅で、こくりとソフィがうなずいた。


 防ぐ合間に、ポケットから一つかみの欠片を取り出し、伸ばされたソフィの手に載せる。

 ソフィがそれをしまう。落とした分は無視だ。


 その時、三体のスラグが、入れ替わりスイッチしながら攻撃するのをやめ、俺たちを囲むような位置に移動した。

 俺たちも、三体に相対するように三方を向く。


 というか、スラグがでかすぎて、三方というよりは、周囲どこからでも攻撃が来る状態だ。

 全員で一体ずつ対応していたのだから、三体同時となると、しのぎきれない。


 しかし、スラグたちは俺たちの健闘ぶりに慎重になっているのか、間断的に攻撃してくる。


「ヤヤカド割り器を渡す。握りに力を入れて硬い殻を割るやつだ」


 一歩踏み出してスラグが伸ばした前脚を叩く。

 ひるがえって、ソフィに近づいた顔もぶん殴る。


 腰から外して、ソフィに手渡す。


「いいか。その割り器で、さっきの欠片を連続で割るんだ。できるだけ速く」


 ソフィの障壁が展開。

 二体の攻撃を遮断して消える。


 ちびの炎がスラグの視界をさえぎる。


「シャルム! 時間をください!」


 離れた所にいるシャルムに叫んだ。


 シャルムはこっちを見てジロッとにらみ、やれやれと頭を振ったあと、待て、と手で合図してきた。


「ソフィ、準備しておけよ」


 術を唱えながら、ソフィが不安そうな顔でうなずく。


「シャルムが障壁を張ってくれる」


 ちびが一体の頭上から炎を降らせる。

 たまらず身をよじったそいつを下から殴る。


「そしたら今の詠唱は中止」


 着地と同時に後ろに跳び、空中で身をよじってソフィを狙った別の一体の脚を踏み台にして頭頂を叩く。


「まずは、俺の傷を治してくれ」


 右手は冷たくなって、動かしにくくなっていた。

 少しふらつく。


「そのあと、最大火力で地面を揺らすための詠唱を。合図で発動」


 やや前に出たちびが噛まれそうになるが、ばさばさと翼を羽ばたかせてそれを避け、二撃目をソフィの障壁が防ぐ。


「ソフィ、そろそろだ。近くに寄れ。詠唱は途切れさせるなよ」


 シャルムが呪文の末尾をわざと大きな声で唱えてくれている。

 タイミングがわかるように。


 俺はポケットから、手の平大の魔法陣――普通の魔法陣といにしえの文字を組み合わせた陣――を取り出し、顔の前に掲げた。


 ソフィが少し戸惑いを見せているのは――アレンジが強すぎて、シャルムの詠唱の意味がわかっていないのか……。


「来るぞ。三、二、一っ!」


 シャルムが声高らかにことわりの言葉をうたい、目の前に迫っていた牙がビシッと音をたてて障壁にはばまれた。


 首をすくめたソフィが、一瞬詠唱を止め、再開し、それから割り器を使い始めた。


 キィンッと高い音を立てて欠片が割れる。


 左手に握った欠片がソフィの指で押し出され、挟んだそれを右手で締め付けて割る。


 速ぇな、おい。

 握力ありすぎだろう。


 キンキンキンキンとリズムよく割られていく欠片。


 そこから吐き出された魔力をすくい取り、体の中を通して、目の前の魔法陣に注ぎ込むイメージ。


 ダメだ。つかめない。

 自分で割るのと何が違うのか。


 周りでは、スラグたちが間断なく頭突きや爪で障壁を割ろうとしている。

 ちびが内側から威嚇いかくする鳴き声を上げるが、効果はないようだ。


 魔力に触れたと思ったときにソフィが手を止めてしまう。

 からになった左手でポケットから欠片をつかみ取るためだ。


 再び始まる割れる音。


 ソフィの詠唱が終わり、回復魔術がかかる。

 肩の痛みが和らいだ。


 強い魔力のせいで、魔石の魔力がかき消される。


 目を閉じて、細い川の流れから、さらに細く自分の中に水を引き込むように。

 たゆたう魔力に触れ続ける。


 ――来た!


 一筋、流れをつかみ取った。


 腹の辺りでそれは一度まりを作り、魔法陣に流れ込んでいく。


 もう少し。

 もう少し――。


 ソフィの手が止まる。

 川の流れもなくなってしまった。


 こめかみのあたりから汗が落ちた。


 三度みたび始まる高い音。


 また拾えない。


 魔法陣の魔力がゆっくりと空中に放出されていく。


 来い。来い。


 するりと川から糸が引き出される。

 魔法陣から出ていく魔力よりも入る魔力が勝り、たまっていく。


 ソフィの詠唱が終わった。


 もう少し――。


 成功を確信して目を開けると、魔法陣に描いた文字が、広く光り輝いていた。


 次いで足下から丸い陣が頭上へと次々に昇っていく。

 

 シャルムの障壁はまだ耐えている。


「ソフィ、よくやった。合図で発動だからな」


 目を丸くしたソフィが、何度も頭を上下に振った。


「ちび、ソフィと一緒にいろよ」

「くあっ!」

「シャルム、リズ! 揺れますっ!」


 最後にくるりと腕に光の輪が三本生まれた。


「ソフィ、今だっ!!」


 ソフィがぱっと地に両手をつけ、ことわりの言葉を叫ぶ。


「――!」


 ソフィを中心として、地面が大きくうねった。


 タイミングよく跳躍した俺は、大きく跳び上がり、体勢を崩したスラグ一体の頭を蹴り飛ばした。

 スラグがのけり、揺れで傾いた木に何本もぶつかりながら吹っ飛んだ。


 俺は残り二体のスラグをにらみつけ、パンッとこぶしを手に打ち付けた。


「待たせたな」

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