第118話 代理

「くそっ!」


 攻撃をそらすことも受け止めることもできず、俺は双方の間に滑り込むようにして、スラグのあごの餌食えじきになろうとしていたソフィを、体当たりで吹っ飛ばした。


「ぐあっ!」


 左肩が牙に引っかかる。

 牙の先端が骨に当たり、ごりっと嫌な振動が伝わってきた。

 そのまま倒れる勢いで、肉を持っていかれた。


「くうぅっ!」


 どさりと地に倒れると、どばっと血が噴き出す。

 それを右手で押さえながら立ち上がる。

 剣は取り落してしまった。


「せんせ……っ!」


 ソフィが悲鳴を上げて上体を起こす。

 立ち上がりながら、震える声で詠唱を始めた。


 違う。それじゃない。


「障壁っ!」

「でも……っ!」


 ソフィが唱えていたのは治癒だった。


「足手まといだと自覚しろ!」

「……っ!」


 ソフィが息をのんだ。


 悠長に言っていられないので、早口でしゃべる。


「戦力になると思うな! いくら火力があってもな! 自分の身も守れないやつがいても足を引っ張るだけだ。これ以上邪魔をするならさっさと死ねっ!」


 だから、誰かがいるのは、守るのは嫌なんだ。

 ペースを乱される。


「そん……な……」


 ソフィの声が硬い。

 だが、それに構っている余裕はない。


「障壁っ!」


 繰り返すと、ソフィはすっと素早く息を吸ったのち、障壁を唱え始めた。


 俺は手探りでソフィのメイスを拾い上げた。

 抑えを無くした左肩からはだらだらと血が流れ、伝ってぶらりと下げた指先から地面へと落ちていく。


 傷は負った。

 だがまだ戦えるぞという気迫を込めて、スラグをにらみつける。

 

 それを全く意に介さずに、好機と見たスラグは再びあぎとを開く。


「くあぁああぁぁ!」


 そこに、ちびの叫びとともに、またも炎の塊がぶつかった。


 顔や胴体に連続して当たり、たまらずスラグは後退した。


 ちびがてててと俺の前に出て来て顔を上げ、「ぐああぁぁっ!」と鳴きながら翼を広げてスラグを威嚇いかくする。

 尻尾で地面をばしばし叩いて、怒りの感情をき出しにしていた。


 ひるむスラグ。


 しかし、その横から、別のスラグが飛び出す。


 俺たちめがけて跳躍した。

 前脚で組み伏せる気だ。


 それは間一髪、ソフィの障壁によって阻止された。

 瞬時に障壁は消えてしまったが、勢いを殺すことには成功し、隙を見出した俺は、体重を目一杯乗せてメイスで顔を横殴りにした。


 ぎゃんっ! と、たまらずスラグは鳴き、横によろめいた。


 開いた俺たちの正面に、俺に傷を負わせたスラグが入れ替わりで飛び込んでくる。


 ソフィの二つ目の障壁は間に合わない。


 出血が止まらず、力を入れればまた大量に出るだろうが、四の五の言っている場合ではなかった。

 メイスを左下に構えた。


 振り上げようとしたところで、同じく下からちびの炎の球がぶち当たり、身をよじったスラグの喉に隙が出来る。


 予定通り下顎したあごを下からぶん殴り、素早くのどを一突き。

 

 ぐえっとスラグがうめく。


 意図した通りに攻撃できたが、ダメージを与えられたかは疑わしい。

 ただ、斬れない剣よりはましなことは確かだ。


 ちらりと横目で見れば、リズとシャルムの方も、一緒に戦っていた。


 あちらは相手取っているスラグが多く、囲まれているが、安定して戦えている。

 シャルムの障壁は広くて持続時間が長い。途中で攻撃を挟めるほどの余裕があった。

 リズの剣も、当然のことながらよく斬れる。


 対してこちらは三体だが、ギリギリどころか、やや押し負けている。

 しかも、その後方にはまだ四体控えているのだ。

 様子をうかがってうろうろしているが、いつ飛びかかってきてもおかしくない。


 あの四体が来たら、逃げるしかないな。

 ちびを抱えて行けるかどうか。ソフィまでは連れて行けない。


 冷静に逃げる算段をつける。


 しかし、幸いなことに、リズたちが一体を仕留めたのをきっかけに、四体はリズたちの方へ向かって行った。

 すると今度は向こうも押されだす。


「ノト! たかが三体ぽっちで、いつまでももたもたしてんじゃねぇよ! 早くそっちを片付けてこっちに来い!」


 そう言われましても。


 くそっ、魔法陣が使えれば……!


 あるのだ、が。


 しかし、起動できない。


 割り器で砕けるのは魔石の欠片一つ。

 一つでは起動に足りない。

 戦いの真っ最中に、連続で欠片をセットして割るなんてこと、できるはずがない。


 一か八か。

 やってみるしかないか。


「ソフィ、そのまま聞け」


 呪文を唱えているソフィに話しかけた。

 ビクッと肩を震わせたソフィは言葉に詰まったが、すぐに呪文を再開した。


 俺の話に気を取られて詠唱を間違えるかもしれないと、一瞬ためらった。


 ちびにやらせるか?

 ドラゴンじゃ無理だが、人間の姿なら。


 いや、まだ細かい作業は無理だろう。


 やはりソフィしかいない。


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