第117話 信号弾

「こりゃあ、ちょっと、まじぃかもな」


 リズが下がりながら苦笑を漏らす。


 ちょっと、というのは楽観的すぎだ。

 一体ずつなら余裕だが、一度に来られたらひとたまりもないだろう。

 かなり、まずい。


 前列の五体が、頭を少し下げて前脚に力を込め、低いうなり声を上げた。

 それを遠巻きに囲むように、他のスラグの姿が見える。


 やはり十体以上いるな。


 唸り声は微妙に違う音程で不協和音を作り、じりじりという音を伴って耳に刺さってくる。


 後ろで、シャルムが魔術を発動した。

 煙が、ヒューッと高い音を出しながら空へと上る。

 そして十分な高さに達すると、ドンドンと二回低い音を鳴らし、強い閃光が放たれた。

 真っ直ぐに立ち上った煙は、風が吹いてもなかなか流されない。


 居場所や合図を示すための信号弾だ。

 符丁を知らないので定かではないが、付近にいるであろう他の調査チームに、緊急事態を知らせたのだろう。


 集まってこられると、色々とまずいんだが……そうも言っていられないか。


 シャルムも、ドラゴンがバレるよりもこっちの方がまずいと思ったのだ。

 自分の命はもちろんのこと、女王陛下リズの命も危険にさらされているとなれば、妥当な判断だ。


 ただの女だったならば、見捨てて俺だけ助かればいいやと言えたのだが、女王陛下だと思うと、そう簡単に見殺しにすることはできない。

 それでもいざとなれば俺は切り捨てるだろうが……やりにくいったらない。


 こちとら弟子と貴重な素材の塊ペットも抱えているというのに。


 突然発せられた信号弾を警戒して動かなかった一体目のスラグが、攻撃ではないとわかった途端、パッと飛び出してきた。

 それに呼応するように、他のスラグも出てくる。


 一体目の攻撃をリズが受け止める。


 その横を抜けようとする二体目のスラグを、回り込んだ俺が迎え撃った。


 斬れないのならば、刺すまでだ。


 爪の攻撃をかがんでかわし、横に回って首の根元に剣をぶっ刺す。


 しかしさすがはなまくら

 剣先までしか埋まらず、スラグが身をよじった途端に抜けてしまった。


 その間に、リズを挟んで反対側を別のスラグが走り抜け、シャルムに襲い掛かった。


 だが、そこはシャルム。

 唱え終わっていた障壁を発動。

 スラグがもたついている間に高速詠唱し、顔面に風の刃を叩きつけた。

 ギャンッと悲鳴を上げ、前脚で顔を覆ってスラグはうずくまる。


 そのときやっと、俺は異変に気がついた。


 障壁を唱え終え、発動の機をうかがっているはずのソフィが、なぜかまた呪文を唱えている。

 最大火力の、炎の魔術だった。


 あんの馬鹿っ!


 一体が、うずくまっているスラグとシャルムを跳び越えて、大声で詠唱しているソフィに迫った。


 目の前のスラグの顔に回し跳び蹴りを食らわせ、ひるんだ隙にソフィに向かって走る。


 時間が引き延ばされ、ひどくゆっくりと流れる。


 ソフィの目が限界まで開き、恐怖に固まる。

 詠唱だけは続いているが、とても発動には至らない。


 大きく開き、鋭い牙が並んだ口が、ソフィに迫る。


 間に合わない――。


「くあああっ!」


 その横面よこづらを、ちびの炎が焼いた。


 顔をそむけるスラグ。


 俺の背中を、怯んでいたスラグの爪がかすめた。

 ピッと背中に痛みが走るが、皮膚が軽く切れただけだろう。

 シャルムの防御魔法のお陰だ。


 そのスラグには構わずに、なおも足を進める。


 顔の半分をあぶられたスラグは、しかしすぐに体勢を立て直した。


 ソフィが詠唱を中断し、メイスを振って顔面を叩こうとするが、ひょいっと避けられる。

 そして、その牙を、再びソフィに向けた。


 俺はすぐ目の前まで到達した。が、あと一歩、届かない。


 くそっ!


 推進一枚じゃ、これが限界だ。

 魔法陣があれば……!


 横に傾けた口が、ソフィの胴体に牙をめり込ませようとして――


「キャアアァッッ!!」


 ――ソフィの悲鳴が響いた。

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