第116話 地響き

 森の奥、俺たちから見てやや右方から、ドオォォォンッと地響きがした。振動がわずかに足に伝わってくる。

 枝葉の向こうに、土煙がもわぁっと立ち上ったのが見えた。


 異常な事態を察して、さすがのソフィも俺の後方に下がり、メイスを構える。


 俺たちよりも前に出ていたちびは、リズの存在もなんのその、ダッシュでこちらに向かってきて俺の後ろ、ソフィの横に並んだ。


「これは――」

「魔法陣が起動したんでしょうね」


 シャルムの言葉に被せるように言い、ギリッと歯を噛みしめた。

 感覚強化は使っていないが、それでも伝わってくる大きな気配。


 来るのは当然あのでかいスラグだろう。

 ならば焦ることはない。このメンバーなら余裕だ。


 なのに、なぜかすごく嫌な予感がする。


 そう思ったとき、同じ方向から再び地鳴りがしたと思えば、続けざまに複数の地響きがとどろいた。

 音が重なって数がわからないほどだ。

 少なくとも十か所。


「え!?」


 ソフィが驚きの声を上げる。


「ちび、ドラゴンになっとけ!」


 振り返らずに指示すると、背後に生じるもやっとした感覚。

 リズとシャルムにとっては初めての現象だが、二人とも目を向ける余裕はない。


「ソフィ、障壁を」

「ですが――」

「早くしろ!」


 精度や威力なんざこの際どうでもいい。

 もしあの数で一斉に来られたら、どんな障壁だろうが役に立つ。


 シャルムはとっくに詠唱を始めている。

 ソフィは相変わらずの大声で呪文を唱え始めた。


 一瞬、ぎょっとした気配がリズとシャルムから伝わってきたが、事前に伝えているのもあり、動揺は最小で済んだようだ。


 俺の剣はその辺で適当に買った安物だ。

 まさか途中で折れたりはしないだろうが、すぐに切れ味は落ちるだろう。


 それよりも――魔法陣がない。

 それが大問題だった。


 アルトで没収されなかった、隠しポケットに忍ばせておいた魔法陣は、着替えるときに取り出して、今も持っている。

 しかし、非常用のためもともと少ない上に、獣との戦闘で服ごと破損していたものもあり、補助系と障壁が数枚ずつしかない。


 ヤヤカド割り器と魔石の欠片はあるので一応起動はできるが、これも万一の時のためと保険で買ったものだ。

 一つ分の魔力じゃ足りなくて起動できない魔法陣もある。

 実戦でもたもたセットしてたんじゃ、あっという間にやられてしまうだろう。


 ただの調査のはずだったのに、こんなことになるなんて。

 シャルム特審官殿は呪われているんじゃなかろうか。

 いや、これまでは順調に仕事をこなしてきたという話だったから、呪われているのは俺か?


「来やがった」


 最初に発生したところから、何かが近づいてきた。

 バキバキと嫌な音を立てて駆けてきたのは――予想通り、大型のスラグだった。


 一体ならば、魔法陣は必要ない。


 そう思い、使用をためらった。

 割り器に伸ばしていた手を引っ込める。


 しかし、姿を現したスラグがこちらを警戒して足を止めている間に、他の気配も向かって来た。

 何体いるのか定かではないが、恐らく全部来たのだろう。


 使うしかない。


 割り器を手に取った。最初の魔石はセット済みだ。

 握り部分を力任せに握り込と、パキンッと高い音がして、さらに細かくなった魔石の欠片が飛び散った。


 同時に起動する推進の魔法陣。

 いつもの攻撃をけるスタイルでいく。

 

「ソフィ、自己判断で障壁発動! 自分を守ることを最優先! ちびも自分でなんとかできるな!?」

「……」

「くあっ!」


 詠唱中なのでソフィからの返事は当然なかった。

 ちびからは了解と返事が返ってくる。


 あのにらみ、また使ってくれるとありがたいんだが、集中力も使うし、あの様子じゃ複数相手には通用しそうにないな。


 タッとリズが一体目のスラグに走り寄った。

 集まってくるまえに潰してしまおうという腹なのだろう。


 ですよねっ!


 声には出さずに同意し、俺もほぼ同時に駆け出していた。


 リズが向かって左側から攻撃を仕掛けようと剣を上段に構える。

 スラグが大きく口を開け、がぶりといきそうなところをバックステップでかわす。

 ガチンッと嫌な音がした。


 ナイスフェイント!


 スラグの注意がリズに向かっている隙をついて、俺は地力で跳び上がり、左前脚の付け根を横に一閃。


 刃先が分厚い毛皮にめり込んでその下の肉に到達し、そのまま切り裂いた。


 しかし、思ったよりも傷が浅い。

 シュッと血しぶきは飛んだが、ダメージにはなっていないようだ。


 途中湧いて出てきた獣には十分通用したが、このスラグ相手には歯が立たなかった。


 なまくらめ。


「なんじゃその剣は!?」

「金がなかったんですっ!」


 一旦下がってリズの隣に並び、次の攻撃に移ろうかというところで、シャルムの魔術が発動。

 わざと声高らかに宣言されたことわりの言葉からすると、防御魔術だ。


 俺には筋力上昇が欲しかった。

 が、同時に複数の魔術は使えないのだから、ないものねだりはするまい。


「ちっ!」


 正面をにらみつけているリズが、焦ったように舌打ちをした。

 俺も同じような気持ちになった。


 二打撃目を浴びせる前に、スラグの背後に複数のスラグが現れたのだ。


 最前列にいる五体に遮られて全体が見えず、何体いるのかはわからなかった。

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