第115話 悪寒

「何かわかったか?」

「ざっと見てきましたが、倒れている木が邪魔で探すのに苦労しますし、時間をかけて探したとしても、痕跡が少なすぎて全体像を把握するのは難しそうです。ただ――」


 広場の中を歩き回り、魔法陣の一部がどのくらい残っているか確認してきた。

 成果を問うシャルムに答える。


「どうだった?」

「先生、何かわかりましたか?」


 リズとソフィが近づいてきた。

 ちびは……離れた木の陰からこちらをうかがっていた。さっきよりもずっと距離をあけている。


「――魔法陣の構成が特殊です。普通は外側に円を描いて、中に細かく術式を描いていきます。ですが、森の中のように障害物がたくさんある場合、自由に線を引くことはできません。魔法陣は線や文字の配置が全てを決定しますから、途中に木が生えていたり岩があっても迂回うかいするわけにはいかないんです」

「でしたら、どうやって描くのです?」


 草の上を棒でなぞるようにして説明していく。


「小さな魔法陣を繋げるんだ。まず、外側に大きな円を描きます。これは多少歪んでいても構いません。そこから線を引っ張って、中に小さな魔法陣を描いていきます。それぞれの魔法陣を線でつないで、一つの魔法陣とするんです。これなら、木々の間に描いていけばいいので、森の中でも大きな魔法陣を構成することができます」

「そんなことが可能なのか」

「できます。遺跡にはそういう魔法陣も残されているんです。そしてここには、それらしき痕跡があります」


 ふむ、と腕を組んだシャルムが少し考え込む。


「そう簡単にできるとは思えないが」

「はい。俺には描けません」

「先生でも!?」

「読むことはできる。が、描けません。小さな魔法陣には各々おのおのが全体のどこに配置されているかという情報を組み入れて、接続の仕方も考慮しないといけないんです。そこを読み飛ばせば、各魔法陣の組み合わせでできているわけですから、全体像を把握するのは容易です。しかし、最新の情報ではないかもしれませんが――その部分は、書き方どころか構造すら、


「それって……」


 ソフィはそこから先の言葉が出ないようだ。

 リズは無表情で黙っている。


「参ったな。魔法陣までは想定内だったんだが、その魔法陣がこの国うちにはない技術で描かれているとは」

「最新の研究には疎くなってしまったので、もしかしたらもう解明されているのかもしれませんが」

「あのオバサンがノトに伝えねぇってことはねぇんじゃねぇの?」

「まあ、そうでしょうね」


 構造が分かった時点で連絡が来るはずだ。んでもって、使えるようにしろと丸投げの無茶振りがあるはずだ。


 ……それにしても、またもオバサン呼ばわりか。


「先生、オバサンってどなたのことですの?」


 ソフィがこそっと耳打ちしてきた。


「師匠のことだ。俺の」

「先生の師匠って、女性なんですの?」

「そうだ。お姉さんだ」

「え、でも、先生の師匠なんですのよね? ご年配の……」

「それ以上は言うな。いいか、あの人はお姉さんだ」


 俺がよっぽど深刻な顔をしていたのか、ソフィは無言でこくこくとうなずいて、大人しくなった。

 女同士、理解できるものがあるのかもしれない。


「まずは事実の確認だな。ノトが知らねぇだけで、研究が進んでいるかもしれねぇだろ。それが漏れるとも思えねぇが、人が関わってりゃそういうこともあんだろ。手紙を盗まれるなんざ日常茶飯事だしな」

「一応、暗号と特殊インク使ってますけど……」

「んなこたどうでもいいんだよ。それごと漏れてんのかもしれねぇんだから。解読されてんのかどうかを確認して、そうだとなったときにどっから漏れたのかを調べりゃいいんだ」


 リズがもっともなことを言う。


「もし、わかっていなかったら、どうなるんですの?」

「秘密裏に研究してる奴らがいるか、他国のちょっかいじゃねぇの?」

「他の国……」


 ソフィは一般人だから知らないだろうが、ここ二、三十年、他国との衝突がないように見えて、実は水面下ではゴタゴタが起きている。

 国境付近での小競り合いや、スパイが紛れ込んでいるなんて話がたまに上がる。

 俺も王宮に行ったときに小耳に挟んだ程度だから、実際はそれよりもずっと多いんだろう。


「結局わかったのは、魔法陣が使われていることと、それが魔術研究院の研究成果ではないかもしれないことだけか」

「他の場所も見てみます。もっと残っている所があるかもしれないですし、断片を組み合わせれば何かわかるかもしれない」

「そうだな」


 シャルムが組んでいた腕をほどいた。


「では二手にわかれよう。僕とリズは一度街に戻って至急確認を取る。ノトたちは付近の広場を探索してくれ。近い所だと、ここから南に三か所ある」

「あの、街に、ヨルド・アジとリル・アジ夫妻が住んでいるはずです。彼らも魔法陣には精通しているので、依頼を……」


 逃亡中に助けてもらおうと思っていた知人の名前を上げる。

 が、シャルムは首を振った。


「ゴラッドに着いて真っ先に当たったが、行方不明だった」


 そうか。

 その可能性を考えていなかった。


「その二人……放浪癖があるんです」

「魔法陣らしきものを見つけた際に、王都から応援を呼んでいる。ノトが来るかわからなかったからな。明日には着くだろう」

「わかりました」

「僕たちはここには戻ってこないから、適当なところで切り上げてくれ。夕食前に協会で合流だ」

「はい」


 今日の予定が決まった。


「ソフィ、ちび、次の場所に行――」

「せんせっ!!」


 ちびの方を向いたとき、ちびが焦った顔で叫んだ。


 と、同時に、ぞわわわぁぁぁと嫌な感じが首筋にはしる。


 シャルムが杖を構え、リズが剣を抜いた。

 俺も剣を抜く。


 ソフィが何事かと動揺しているが、構っている余裕はない。


 何か――来る。

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