第114話 痕跡

「ソフィ、その丸っこいゾルバは胃だ。中身残ってると臭くなるからできるだけ絞り出せよ。ちび、六本足のワイクは背中のとげだ。三本ともな」


 倒した獣の素材を集めるのは我が弟子とペット――違和感のある呼称だが――に任せ、先に進む。


 ちびは危なっかしい手つきでナイフを使っていて、手が滑って血しぶきを上げては悲鳴を上げたソフィが回復魔術を使っていた。


 わかりやすく、かつ最低限の素材のみになってしまうが、自分で集めなくてよいというのは楽だ。

 弟子と(人間になれる)ドラゴンがいてよかった。


「街に近いっつっても、一応森ん中だ。あんなに離れてて大丈――おい、獣が出てきたぞ。助け――は要らないみたいだな」


 珍しく人のことを心配したリズは、三匹の獣に囲まれたソフィが、難なく敵を潰していくのを見て、呆れたような声を出した。


 大慌てで素材を集め終わった二人は、小走りに追いかけてくる。


「剣はそこそこの腕でしたよ。一対一なら、そこらの大人相手でも負けないくらいです。家庭教師が基礎から教えて、学園で磨いたんでしょう」

「あれがそこそこ?」

「剣がなかったので仕方なく打撃武器を持たせたら、ああなりました」

「武器を持ち替えただけでそこまで変わるか?」

「型にはまるのが苦手なんじゃないでしょうか。叩きこまれてガチガチに固められてしまった剣術より、自由に振り回せる棒術の方が真価が発揮できるのではないかと。基本の足運びなんかは剣術で学んでますしね」

「学園をわざと退学になるっつーのはさすがに自由すぎるがな」

「同感です」


「おい、そろそろ着くぞ。無駄話はその辺にしとけ」


 なおもどうでもいい話を続けていた俺たちに、シャルムが声をかけた。


 視界が開けたと思えば、そこにあったのは木々が円形になぎ倒された跡。

 幹の途中で折れている木もあるが、ほとんどは根本から倒れており、張っていた根が露出している。


 シャルムは広場と言っていたが、そんなに広くはない。直径が三十歩ほどだ。


 向かい側には、森の奥へと道が一本続いていた。

 木の倒れ方を見れば、のは明白だ。

 そして入ってくる道はない。


「中心から放射状に倒れているように見えますね」

「そうですわね」


 横に並んだソフィが同意する。


 やはり空から落ちて来たんじゃないだろうかと思ったが、それなら獣と同じかやや大きいくらいの空間に収まるはずで、こんなに大きくはならないだろうなとも思った。


「ノト、ここだ」


 広場に数歩入ってシャルムの示す所を見れば、木の根に掘り返されたようになっている土のうち、わずかに表層が残っている部分に、明らかに人工的に引かれた線と、文字が見て取れた。


「……魔法陣ですね」

「どんな魔法陣かわかるか?」

「さすがにこれだけでは……ああ、でも、よく見れば結構ありますね」


 描かれた部分には濃い緑色のインクのようなものがべったりと付着していて、それが無事な土や草の上に残っている。


「大半混ぜ返されているか草が生えているかだ。どこにある?」

「ちょうど土とも草の陰とも似たような色をしているので難しいですが、インクが使われています。ほら、ここや……そこにも」

「草の上にも描けるんですの?」

「線が途切れないようにするのが鉄則だからでこぼこしている所はさけるのが普通だが、インクを使えばある程度許容される。……どのくらい読めるかわかりませんが、見てきますね」


 ソフィの疑問に答え、シャルムに告げる。


「頼む」

「わたくしも行きます!」

「ソフィは……ちびを頼む」


 ソフィが目を向けた先には、にやにやしているリズと警戒しているちびが距離を置いて向かい合っていて、リズが一歩近づくたびにちびが一歩下がるという無言の攻防を繰り広げていた。


「わかりましたわ。……それにしても、なんなんですの、あの方は? 嫌がっているちびさんをからかうようなことをして! 先生に対しても偉そうにしていらっしゃいますし!」


 ソフィはため息混じりに了解の意を表したあと、リズに対する不満を口にした。


「り、リズはああいう性格なんだ。俺は初対面で敬語だったからそのままなだけで、シャルムもリズもどう接しようが気にしないから、ソフィは好きに付き合えばいいんだぞ」


 この国で一番偉い人なんだけど、まさか女王陛下だとは言えない。


「先生が丁寧に応対していらっしゃるのに、わたくしだけそんなことできませんわ!」


 ソフィは悔しそうな顔で言う。


「そこのちっせぇの! こっち来い!」


 リズの声がかかり、そちらを見れば、どうやらソフィを呼んでいるらしい。


「ちっせぇのですって……!?」


 ソフィが顔を背け、聞こえないように小さく、しかし感情を込めて悪態をついた。


「ソフィ、ちびがやばい」

「え?」


 リズの足元で、ちびが頭を抱えて丸くうずくまっていた。

 その体の周りの空気がゆがんで揺らめいている。


「ちびさんっ!」

「ソフィ、頼んだぞ。シャルムも、リズをなんとかしといて下さいよ」


 肩をすくめたシャルムに目線で念押しをしてから、俺は魔法陣の痕跡探しを始めた。


「リズさんっ! ちびさんから離れて下さいっ!!」


 後ろでは、ソフィの叫び声と、リズの笑い声がしばらく続いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます