第112話 買物

 宿に戻り、代金の担保にと預けておいた森の獣から採った素材を回収し、金を払った。


 一階奥の部屋に入ると、隣の部屋にいるはずのソフィが、ベッドに座って待っていた。


 もう一台のベッドでは、小さなドラゴンがごろりと横になっていた。

 四つ脚を投げ出したまま、尻尾だけで器用に寝返りを打って遊んでいる。


「先生、起きるのが遅くなってしまって……すみません」

「よく休めたか?」

「はい」

「ならいい。今協会に行ってきたんだが、成り行きで特審官の調査に同行することになった。準備をするから、出かける用意をしろ」

「特審官って、まさか、ドラゴン討伐の!?」


 ソフィがぱっと立ち上がった。


「ああ、シャルムだ」

「本当ですの!?」


 ソフィががしりと俺の両腕をつかむ。


「あ、ああ」


 ソフィは、がぁんとショックを受けたように二、三歩さがり、そして下げた両手に拳を固め、うつむき加減になった。


「どうし――」

「よっしゃー! ですわっ!」


 心配の声をかけている途中で、ソフィは両の拳を振り上げて叫んだ。

 危うくアッパーを食らうところだった。


「あのシャルム特別審査官にまたお会いできるなんて! ドラゴン討伐をほぼ単独で成し遂げ、国家の壊滅を救ったと言っても過言ではない英雄! うかがいたいことがたくさんありますわ! どうしましょう、こんな服ではお会いできませんわ! ドレスを新調しなくては!」


 唖然とする俺をよそに、ソフィは頬を赤く染めてはしゃいでいた。


 そしてこちらの視線に気づいて、はっと息を飲んだ。


「あの、その、これは、シャルム様にお会いできるのが嬉しくて……」


 しどろもどろに言い訳めいたことを言う。


 シャルムって……。

 特審官だから、様付けで呼ぶのは不自然ではないが、なんだか複雑な気分だ。


「せ、先生よりシャルム様がすごいという意味ではないのですわ。ええ、決して、そんな意味ではっ!」


 俺の無言を怒りと取ったのか、さらに言い訳めいた言葉を重ねてくる。


「別に気にしていない」


 思ったよりも冷たい声が出て、自分でも驚いた。


「――そんなことより、だ。早く出発する用意を済ませろ。買い出しに行くぞ」


 取りつくろうように、慌てて話を変えた。


「は、はい! そうですわね! って、わたくし、これ以上することがありませんわ……」


 ソフィの言う通り、一張羅で手ぶらな俺たちに、出発の用意など不要だった。

 横を見れば、ちびもいつの間にやら人間の姿になっていて、きちんと服を着ていた。


「改めて見ると、お前ら酷い格好だな。ボロ布にしか見えないぞ」

「酷いですわ!」


 そう言われても、かれほつれてちらちら見える素肌も、まとっているのがボロボロすぎて、何の色気も感じない。


「まずは服屋からだな」




 ドレスを~と叫んでいたソフィも、調査で森に入ると知ってからは真剣に服を選び、結局前と同じような服装に落ち着いた。

 すなわち、紺色のビキニ上下とガーターベルト、その上にレースの白いノースリーブブラウスと水色のミニスカート、そして足に白いニーソックス。


 俺は破れたシャツとズボンを替えるくらいで、ちびはまた街歩きのような服装にした。


「ちびさんも、もう少ししっかりとした服にした方がよろしいのでは?」


 そんな軽装をしているソフィには言われたくないだろうと口に出かかったが、女の服装にとやかく言うと血を見るので飲み込んだ。

 素材自体はしっかりしていて、普通の布よりは幾分もマシだとはいえ、当然露出部分は無防備になる。

 リズもそうだが、男には感知できない何かしらの力が働いているのだろう。

 

「ちびにはなるだけ楽に着られる服を選んだ」

「なるほどですわ」


 脱げるからな、という言葉と、脱げるからですわね、という言葉が目線だけで交わされた。


 その後武器屋を回って俺用の剣と各種ナイフ、ソフィ用のメイス、ちび用の短剣を買った。


 腰に差した短剣が邪魔なのか、ちびは何度も腰回りを確認し、歩きにくそうにしていた。


 ドラゴンになれば落として無くしそうだが、安物なので構わない。


 人間の姿で魔術が使えないのなら、武器で戦うことを覚えてもらわないと、戦力になる場面が限られてしまう。

 まずは短剣で様子見したい。


 簡素なバックパックを買って、薬の他に、革袋やらびんやらを放り込んでいく。


からの袋なんて、何に使われるんですの?」

「採取だよ採取。魔法陣の材料の」

「わたくしもお手伝いいたしますわ!」

「当然だ。ちびも頼むぞ」

「おー!」


 あとはこの調整ネジの外れた金髪魔術師のために魔石をいくつか手に入れたいところだが、手持ちの金で買うのは明らかに無理だった。


 魔術が使えないと知ったら雇用主が怒るかもしれないが、まだ早いとちゃんと伝えたわけだし、聞かれなかったのだから仕方がないな。

 報酬が入ったら考えよう。


 最後に、魔石の欠片数個と、ヤヤカドを割るためのペンチのような器具を買った。


 小指の爪の先ほどの大きさのヤヤカドの殻は硬く、それを割る器具は、魔石の欠片を割るのにも使えるのだ。

 いちいちセットして両手の握力をかけなければならないから、破砕器の代わりというわけにもいかないが、万一の時のためだ。


「こんなもんか。昼飯を食ったら、そのまま行くぞ」

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