第111話 交渉

「シャルム、さっきの人員って」


 真っ先に部屋を出て階段に向かうシャルムを追いかけた。


「ああ、もちろんノトたち三人のことだ」

「俺も調査に参加するんですか? ソフィと……ちびも?」

「あいつのことちびって呼んでんのか? 背丈はノトと同じなのに、そりゃないだろ」


 けらけらとリズが笑う。


「ああ。これは特別審査官からの正式な依頼だ」

「師匠から何か……」

「一応うかがいを立てたが、調査の参加有無に関わらず依頼は気にしなくていいと言っていた。だから強制ではない。断りたければ断ってもいい」


 依頼は気にしなくていいだって?

 調査に協力してもしなくても?


 調査を断れば依頼をこなせと暗に言っているのではないかと勘ぐってしまうが、師匠はそんな回りくどい言い方はしない。

 それならばそうだとはっきり言ってくるだろう。


 だから、気にしなくていいというのは、そのままの意味なのだ。


 捨てられてしまったような感じがして、胸が痛かった。

 たまたま依頼がなんとかなったというだけで、一過性のものだとわかっていても。


「……俺は構いませんが、ソフィとちびはまだ早いと思います」

「何を言う。三人で森を抜けて来たんだ。ずいぶん奥まで行ったそうじゃないか。それだけできれば十分だ」


 シャルムの言葉の通り、実力的には問題ないと思う。

 この数日でずいぶん鍛えられたのもある。


 だが、火力の制御ができないガキと、表情しか読めないドラゴンだぞ。

 女王陛下リズの前に連れてきてよいのだろうか。


「ですが……」


 協会の外に出たところで言いよどむと、リズが足を止めた。

 シャルムはそのまま先に進んでいく。


「ノト、いい加減にしろよ? あたしはリズだ」


 低くした声でリズが言った。

 そして、無表情の顔がぐっと近づいた。


「あのときの誓いは本物だ。ノトが言うなら、何だって従おう。それこそを殺すことだって。だが、それはリズとしてだ。を引っ張り出してくるなら、あたしだって相応の対応をしなきゃいけない。わかるな?」

「はい……」


 どんっと胸を突き押された。


「なら、ごちゃごちゃ考えんな。お前の雇い主は特審官のシャルで、あたしはただの護衛だ」

「……わかりました」


 俺がうなずくと、リズがきびすを返し、シャルムの行く方に向かった。

 タイミングよくシャルムが振り返る。


「ノト、受けるってことでいいんだな? 昼食べたら協会前で集合だ。ふたりも連れて来いよ」

「あの……!」


 立ち去ろうとするシャルムとリズに走り寄って引き止める。


 リズがいぶかしげな顔で振り返った。


「報酬の話を聞いてないんですけど、三人分もらえるんですよね?」

「ったりめーだろ。必要経費も全部出る」


 にやりと笑ったリズの後ろで、シャルムが顔をしかめた。


「おいリズ、勝手に決めるな。申請するのは僕なんだぞ。――ノトが特級、あとの二人は無印扱いだ。経費は応相談」

「指名料は頂けないんですか?」


 シャルムがため息をつく。


「無印魔術師のノトに特級クラスの報酬を払うと言っているのに、まだ要求するのか?」

「拘留中に大損害をこうむりまして」


 魔法陣とその材料を全て燃やされてしまったのだ。

 少しは融通してくれてもいいじゃないか。


「それとこの依頼は関係ないだろう。それを言うなら、ノトが特級剣士だったとは初耳なんだが、雇うか? その分上乗せするが?」


 ……やはり、特級剣士を示す魔石は見つかっていたか。

 そして、不正に所持していたことは、シャルムたちがもみ消してくれたのだろう。


「それは何かの間違いでしょう。俺は無印の魔術師です」

「そうか。では、特級一人分と無印二人分でいいだろ?」

「わかりました。今回はそれで受けましょう」

「交渉成立だな」

「それと――」


 まだ何かあるのかと、面倒くさそうにシャルムが視線をこちらにやる。


「俺たち、所持金ゼロなんです。このままじゃ準備のしようがないので、前借りさせて下さい」


 シャルムがまたため息をついた。

 リズは口を手で押さえて笑いをこらえていた。

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