第四章 小球

第110話 会議

 明くる朝、まだ寝こけているふたりを置いて、協会に行った。


 顔なじみの受付嬢、チュリを探して声をかける。


「ちょっとノト、一体何をやらかしたの? 国家反逆罪で指名手配って聞いたわよ。それに、アルトの憲兵団の建物を壊滅させて逃亡ですって?」

「あー……」


 きれいなオレンジ色のソバージュのチュリは、俺の顔を見るや一気に距離をつめてきて、早口でまくし立てた。


「国家反逆罪は濡れ衣。暴れたのはノトに逆恨みしていた別の男で、鎮圧の際に死亡。ノトは殺されそうになったから命からがら逃げ出しただけって聞いたわ」


 そういうことになっているのか。

 てか、俺に聞くまでもなく全部知っているんじゃないか。


「大体そんなところだ」

「誤魔化さないで詳しく教えてよ」


 そう言われても、本当のことを話すわけにはいかないし、森を抜けてきただなんて言ったら、それこそしばらくは放してくれなくなるだろう。


 だから話題を変えることにした。


「シャルム特別審査官を探しているんだけど」

「特審官なら、会議があるからそろそろいらっしゃるわよ。なになに? あの特審官に何の用? 知り合いなの?」


 目論見は成功したが、今度はこっちの話に食いついてくる。


「アルトでのことを聞きたいと言われてて」

「私も聞きたい!」

「同席は無理だよ」

「ちっ」

「舌打ち!?」


 チュリは極度の知りたがりだ。だからこそ他では手には入らないような情報を持っていて、仲良くなると色々教えてくれる。


「特審官といえば――」


 チュリは顔を寄せてぐっと声をひそめた。


「――超大型の獣が森から出てきてて、その討伐レベル審査に行ってるらしいんだけどね……その獣、女王陛下のご加護が効かないらしいわ」


 ぎくっ。


「そんなまさか。魔物じゃあるまいし」

「でもご加護が閉鎖された上に、憲兵が街の外側で街門を守るなんておかしくない? 軍まできてるのよ」

「国家反逆罪って話もあったわけだし、出てきたついでに演習してるとか」

「なるほど、その可能性はあるわね。探りを入れてみるわ」

「ほどほどにな」

「あと――」

「ノト!」


 まだ続くのかとため息を飲み込むところで、名前を呼ばれた。シャルムの声だ。

 助かった。


「おはようございます」

「これから会議だ。お前も同席しろ」


 シャルムが足早に通り過ぎながら言った。


「俺もですか? リズは?」

「あたしも出る」

「えっと、それは、どちらの……」

「護衛としてに決まってんだろ?」


 ギロリとリズににらまれた。


「ですよね」




 二階の会議室では、すでに協会の偉い人、憲兵の偉い人、軍の偉い人が席に着いて待っていた。

 それぞれ、協会の制服、憲兵のよろい、騎士団の鎧を着ているから一目瞭然で、偉い人というのは、年齢とその態度からの推測だ。


「待たせてすまない。護衛が一人増えたが、気にしないでくれ」


 シャルムが座り、各々がうなずいたところで、会議は始まった。


「では早速、昨日の報告を」

「昼前の段階で、街、町、村への被害はなし」

「昼前の段階で、森から出てきたのは二体。うち一体は森に戻り、一体は女王陛下のご加護を横切ったところで討伐した。やはり上級中パーティレベルだった」


 協会職員が尋ねると、憲兵と騎士が答えた。

 昼前の段階でと断っているのは、以降の情報はまだ集まってきていないのだろう。

 それだけの範囲が対象になっているのだ。


 最後に口を開いたのはシャルムだった。


「獣が通って来た跡をたどってみたが、これまでの調査と同様、行き着いた先は、木々がなぎ倒されて作られた円形の広場だった。広場に入る跡はなく、出て行く跡しかない。まるでそこで突如発生したかのようだ」


 聞いた三人は、うつむき加減でじっと押し黙った。

 シャルムだけが、三人の顔を眺めている。


 シャルムの後ろで俺と並んで立っているリズの顔を見ると、無表情で正面の壁を見ていた。


 俺も何気ない顔をして正面の壁を見つめるが、頭の中ではシャルムの発言内容が、ずっとぐるぐると回り続けていた。


 獣が突如発生するだって?

 いきなり現れたり消えたりするだなんて、そんな、おとぎ話の召喚じゃあるまいし。


 現実的なのは――


「あの、空から落ちて来ただなんて、こと、は…………すみません」


 五人全員から冷ややかな目で見られた。


 特に振り返って見上げたシャルムの視線と言ったら。針でぐっさぐっさと刺されているようだった。

 横からも鋭い視線が飛んできている。怖くて見ることはできないが。


 この反応からして、上から落ちてきた線はすでに調べていて、ついでに下からの可能性も調べているのだろう。


 シャルムが向き直ったところで、会議は再開された。


「この獣はスラグと考えていいのだろうか」

「大きさ以外は、スラグの形質や性質を持っているようだ。だが、女王陛下のご加護が通用しないとなると、単にスラグの大型種と言ってよいものか……」


 疑問を口にした憲兵に、騎士が答える。

 続いたのは協会職員だ。


「スラグなのかそうでないのかは今はどうでもいいだろう。上級中パーティで対応できるとわかったのだから、調査チームを増やす。森の中に入る事を考慮しても、特級パーティで十分だ。審査をするわけではないから、審査官である必要もない。憲兵隊は引き続き街周辺の警戒を。軍は森周辺の警戒と、協会員で作る調査チームに人をいてもらいたい。特審官は、引き続き調査を」

「それなんだが――」


 協会職員が決めた今後の方針に、シャルムが口を挟んだ。


「――こちらの人員がそろった。ここからは単独で動く」

「それは構わないが……本当に足りるのか? なんなら騎士からも人員を出すが?」

「申し出はありがたいが、必要ない」


 バッサリと断ったシャルムの態度が気に入らないのか、騎士がふんっと鼻を鳴らした。


「では、明日また、この時間に」


 不穏な空気が流れる前に、協会職員が場を締めた。

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