第109話 脱出

 聞いてみれば、水で流されたあと、疲れたちびがドラゴンに戻ってしまったそうで。

 ソフィは驚いたけれど、意識の戻らない俺の心配に忙しくてそれどころではなく、俺が目を覚ましたあともそれどころではなく、危険でないならこのままでいいやと思ったらしい。


 よくないだろ!?

 ドラゴンだぞ?


 細かいことを気にしなさすぎというか、無駄にポジティブというか。

 大雑把すぎるだろ。


 と思ったら、ソフィはドラゴンということまでは気がついていないようだ。

 獣の姿に変われる魔術師か、人間になれる獣くらいに考えていた。


 それにしたって納得できるものではないだろう。

 姿が変わるだなんて、人間にしろ獣にしろ魔物にしろ、前代未聞の出来事だ。

 下手したら目の前に魔物がいるという事実よりも衝撃的なはずである。

 

「俺もなんだかんだで受け入れてしまったのだから、ソフィのことをとやかく言えないか……」

「先生、なにかおっしゃいました?」

「ソフィ、この際だからはっきり伝えておく」

「はい」


 横になったまま、ソフィが真剣な顔でうなずいた。


 俺は、ソフィの向こう側で尻尾を振りながら遊んでいるちびを一瞥いちべつし、言葉を続けた。


「ちびは、ドラゴンだ。この前のドラゴン討伐のときに捕まえた」

「そんな……!」


 ソフィが両手を口許に持っていき、はっと息を飲んで目を見開いた。


 なんだか今さら感がしなくもないが、魔物ドラゴンとは思っていなかったのだから、驚くのも当然といえば当然だ。

 うんうん。


「ちびさん……!」


 ソフィがちびの方に顔を向け、悲鳴のような声をあげる。

 ちびは呼び掛けに応じて、「ん?」という顔で振り返った。


「ドラゴンだなんて素晴らしいですわ! どうして教えてくださらなかったんです?」


 うぉい!


 ちびは、だって聞かれなかったから、という顔をした。


 お前も大概にしろ!


 ……こいつらといると調子が狂う。



 ソフィが目を覚まし、動けるようになってから、俺たちはゴラッドを目指した。


 周縁部の獣は、奥に比べれば弱く、代わりに数が多い。

 縄張り意識も弱いので、主をぶっ潰しても構わず襲いかかってくる。


 ソフィにバレたからには隠す必要はないからと、ちびはドラゴンの姿でてててっと走り、小さな炎でばしばし獣を倒していく。

 ソフィはその辺の木から折り取った枝を振り回し、吹っ飛ばしていく。


 俺と言えば、ソフィ同様枝を手にしたものの、一人と一匹ふたりがほとんどを蹴散らしてしまうので、あまりできることはなかった。

 リズにナイフでも借りればよかったと思ったが、刃物があったとして、ふたりよりも前に出て倒していく必要はないし、できそうもなかった。

 

 

 

 森を抜ける前に洗浄の魔法陣で服の汚れを落としたら、ソフィに滅茶苦茶怒られた。


「こんなことができるなら、なぜもっと早くしてくださらなかったのですか!? もしかして、川を探さなくても、水も出せたのではありませんこと!?」

「ん、あー、出せた……な」

「ついていくと言った以上、先生にご迷惑をおかけするわけにはいかないと、ずっと我慢していたのですわよ!?」

「すまん。日常生活で魔法陣を使うことがないものだから、忘れていた」

「忘れていた、ではありません!!」

「はい。ごめんなさい」


 なぜか俺の横で同じく正座しているちびも、一緒にしゅんとなっていた。




 街道ご加護を歩き、ようやくゴラッドに着いたときには、日も暮れようという時分じぶんだった。


 街門の手前では、憲兵や王国騎士が警戒にあたっていた。


 何気なく素通りしようとするが、当然視線は集まってくる。


 指名手配書が出回っているということで、ソフィは緊張したおももちだ。

 一番ストレスにさらされて欲しくないちびは、逆に小走り気味で楽しそうだった。


 以前ソフィが言ったように、黒、赤、金の組み合わせは大変に珍しい。

 金は希少だし、真っ黒もなかなかない。

 ドラゴンのちびの髪色が最もよくあるというのがなんとも言えない。


 それでも険しい視線をくぐり抜けることに成功したのは、シャルムとリズがなんとかしてくれたんだろう。


 城門を通り、やっと俺たちは、人間の世界に戻ってきた。


 まず向かうのは、もちろん、宿屋だ。

 やっとベッドでゆっくり眠れる。


 協会?

 明日だ明日。


 女王陛下じゃなく――リズなら、わかってくれるだろ。

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