第108話 正体

「おい、ちび、どこ行った!?」


 森の奥へ声をかけるも、返事はないし、もちろん姿も見えない。


「ソフィのこと、お願いします!」

「ったく」


 リズのやれやれというため息を了承と受け取り、俺はちびを探しに行った。


「ちびー! 出てこーい!」


 ガサッと音がして、茂みから何かが飛び出してくる。

 ちびではない。


 黒っぽいそれを靴の底で受け止めた。


 噛みつこうとして失敗し、地面にすたりと着地したのは、スト――なんとかという藍色の獣だ。

 長い二本の耳がぴんと立っているが、耳よりも三つある目のほうがいい。

 その視力で攻撃を見切るのが得意という、空振からぶるだけの面倒くさいやつ。


 お前に構ってる暇はないと無視しようとするも、飛びかかってこられては相手をしないわけにはいかない。


 だが、いくら目がよくたって、空中にいる間はけようがない。


 毒や針のあるような獣じゃないことがわかったので、遠慮なく手でむんずと両耳を掴み、そのままビターンと木に叩きつけた。


「きゅっ」


 きゅ?


 動かなくなったストなんとかを放り投げ、幹の裏を覗きこむ。


 いない。


 おっかしいな。ちびの鳴き声が聞こえたような気がしたんだが。


 襟足えりあしのあたりをかく。


 そこでふと感じる気配。


 上を見上げれば、枝の上、根本の部分に丸くなったちびがいた。


 こんなところに。

 素通りするところだった。


「お前、どうやって登ったんだよ」


 よじ登ってちびを抱え、地面に飛び降りる。

 ひんやりとした鱗に覆われているちびは、ふるふると震えていた。


 何をそんなに怖がっているんだ?




「お、見つかったか」


 リズたちのところに戻ると、ソフィはまだ昏倒こんとうしていて、リズもシャルムも所在なげにしていた。


「報告じゃ、休憩時以外は人間でいられるっつーことだったが、今がその休憩時なのか?」

「いえ、なんか怖がっているみたいで」

「捕まえたときもそうやって丸くなってたな」


 あのときも、逃げようとして失敗し、丸くなってしまったんだった。

 俺は仲良くなれたが、リズはまだ恐怖の対象のままなのだろう。


「ノト、僕たちはそろそろ向こうと合流しないといけない。そっちはどうする?」

「ドラゴンを連れていくわけにはいきませんから、ちびが落ち着くまではここにいます。ソフィが目を覚まさないと動けませんし。王都に急いでいたんですが、それはもともと女王、陛下、の勅命があったで……」


 リズの前で「女王陛下」という言葉を出すのも妙な感じがする。リズが面白そうににやにや笑っているのも気になってしまう。


「なら、落ち着いたらゴラッドの協会に顔を出してくれ」

「聞きたいことが山ほどあっからな」

「待ってください」


 きびすを返す二人に、俺が声をかける。


「何の用だったんですか?」

「あとで話す」


 リズはひらひらと手を振ると、シャルムを連れて木々の向こうに消えていった。


 ちびを抱えたまま、よっこらせとソフィの横に腰を下ろす。


 横向きで寝ているソフィは、顔をしかめていて、少し苦しそうだ。


 俺には全く経験がないから聞いた話でしかないが、魔力切れは苦しいらしい。

 力が入らなくなるだけでなく、限界に近づくにつれて体の節々が痛み、ついには昏倒する。


 ドラゴン討伐のときは、銀髪のシャルムがリズのために魔力を出し切り、最後に俺を助けて昏倒した。


 今回は、ソフィは何度も魔力枯渇にあえぎ、回復しきる前にまた魔力を放出し、そしてさっき、俺を守ろうとして昏倒した。


 どうして他人のためにそこまでできるのか不思議だし、それも会って間もない俺に対してそんなことができるのかは全くもって理解不能だ。


 唯一俺が自分を犠牲にしてもよいと思っている派手な赤色の髪の女。

 そこに抱く気持ちとは全然違うだろうに。




 しばらくじっとしていると、ソフィが目を覚ました。


「せんせ、わたくしは……?」

「魔力切れで倒れていただけだ」

「あの女剣士は? 先生を狙って……!」


 起き上がろうとするソフィの体がぐらりとかしぐ。


「まだ動くな。あの方は、じょ……知り合いだ。敵じゃない」


 ソフィを寝かせ、思わず飛び出そうになった言葉を飲み込む。


「わたくし、魔術を……!」

「大丈夫だ。連れの魔術師が障壁を張った」

「そう、ですの。よかったですわ」


 ソフィが安心したように目を閉じ、そして再び開けた。


「ところで、ちびさんは――」


 その視線は、しっかりと俺の腕の中の丸い鱗のかたまりに向けられている。


 げっ!


 リズ陛下に会えて気が抜けていた。

 急がなくてよくなって、勅命を遂行できなくなっていたことを気にしていないようで、前と同じように一個人として接してくれて、また二人に会えて。


 心配事がいっぺんに――依頼の魔法陣のこと以外――片付いて、何も考えられていなかった。


「ソフィ、これ、これはだな、えっと、ちびは今――」


 これはまだ鱗の塊だ。ドラゴンだとはわからないだろう。

 なんとか誤魔化すしかない。


 しどろもどろになりながら、素早く立ち上がる。


「怪我をなさっているわけではないのですわよね? 眠ってらっしゃるの?」


 ソフィの目は、俺の腕の中の鱗の塊ちびとらえていた。


 そして何のタイミングの良さか、ちびがひょこりと顔を出した。


「ば、ばかっ、今はっ」

「あら。ちびさん、おはようございます」

「くあー」


 ソフィはなんでもないようにドラゴンに笑いかけ、ちびはとてっと俺の腕から飛び降りて、ソフィの顔をぺちっと前脚でなでた。


「おい。お前ら……」

「なんですの?」

「くあ?」


 俺はわなわなと震えていた。


「知ってたんなら早く言えよっ!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます