第107話 偽造

「リズ!? なんでこんなところに!?」


 しまった……!


 つい、リズと呼び捨ててしまった。

 ひざまずくべきか?


 姿絵すがたえでよく見る、そして祝賀会の日に壇上で見た、あのたおやかな女王陛下とは似ても似つかない姿に困惑する。

 どう見てもこれはリズだ。


「へえ、あいつがあんときのドラゴンか。人間にしか見えねぇな」


 俺の無礼な態度など全く意に介さずに、リズはちびに視線を向けた。

 それを受けて、ちびは俺を間に挟むようにまた下がった。


「おいおい。あたしのこと覚えてねぇのかよ」


 やはりだ。


「……で、こっちがガーナッシュんとこの娘か」


 ソフィを見れば、力尽きたようにぺたりと座り込んでいて、バルディアで会ったときの、そして俺の家まで来た時のような優雅さは欠片も残っていない。


 そのソフィが、すっと片手をリズに向けた。


 ぶつぶつと何かを呟いていた口が、一瞬止まる。


「ばっ、ソフィ、やめ――」

「――」


 制止しようとするも間に合わず、ソフィがことわりの言葉を口にしてしまった。


 リズとの間に一瞬で膨れあがる炎。

 それがリズに向かう。


 しかし炎は、透明なものにぶつかったかのように、直前で押しとどめられた。


「なんだ、この、礼儀の、なっていない、娘は」


 木の陰から、肩で息をしている銀髪の少年――本当は少女なんだが――が出てきた。


「シャルム! なんでこんなところに!?」

「仕事に、決まってる、だろう」

「あ、仕事ですか」


 リズがいればシャルムがいるのは当然なのに、登場に驚いてしまった。


 視界の端で、ソフィが弱く手を上げたままぐらりと上半身を傾けて、ぱたりと倒れた。


「ソフィ!」

「単なる魔力切れだろ。ガキにあんな魔術ほいほい使わせてんじゃねぇよ。金髪が魔力切れ起こすったぁ、相当だぞ。ひっでぇ師匠だな。伊達にあのオバサンの弟子だったわけじゃねぇってか」


 違う。という言葉を俺は飲み込んだ。

 制御できない力を使わせていたのは俺だし、その火力がなければここまで来れていない。制御できてもいなくても、同じだった。


 シャルムがソフィの頭の辺りでしゃがみこんだ。

 肩掛け鞄から出しているのは、魔力の回復を促す薬だろう。


「それもそうだが――」


 シャルムが手早く処置を終えて立ち上がった。

 

「――森をあんなに荒らすだなんて何を考えているんだ? おおかた、縄張りをもつ獣を片っ端から倒して来たんだろう。これから新しい縄張りの取り合いが始まる。あぶれた獣は周辺まで出てくる。森での狩りに支障が出るだろう」

「すみません。それしか方法がなくて」

「なんたって、国家反逆罪で逃亡中だもんなぁ?」


 リズが目を細め、口の端を吊り上げた。


「やっぱり、知ってましたか……」

「そりゃそうだろ。こんな大事おおごとになりゃ、あたしんとこまで上がってくる。じゃなくても、付近の街には手配書が回ってっけどな」

「それで、俺たちを捕まえに?」


 はっ、とリズが鼻で笑った。


「んなわけねぇだろ。あたしは調査におもむく特別審査官サマの護衛だ」

「調査?」

「この森の周辺の複数の地点で、大型のスラグが出現している」


 あのスラグか。


「スラグ自体はそれほど脅威ではない。上級クラスのパーティであれば対処できる。だが、あれほど大きなスラグが目撃されたことはいまだかつてない上に――」

「――が効かないとくる。国の基盤が揺るぎかねねぇ、大事件っつーわけだ。参ったね」


 その加護を与えている本人リズが「女王陛下のご加護」と言っていてもなんの違和感もない。

 本当に同一人物なのか?

 

 いや、「女王陛下のご加護」というのは単なる呼び名であって、本当に女王陛下によってもたらされているものではないのだろうけれど。


「住民の安全と目撃者をこれ以上増やさないように、付近の街道は閉鎖。街や村は憲兵が守り、軍隊も動いている」

「ノト、お前はそれに巻き込まれたんだよ。閉鎖後に街に入ろうとしたやつはとりあえず調べろとけっつってあった。んで、荷物を調べりゃ大量の魔法陣と高級素材が出てきやがった。しかもまで持ってたんだぜ? そりゃ解放はできんだろ」

「偽造!?」


 そんなわけがない。

 署名に使われていたインクは本物だった。きらきらと光るあの紫色のインクの調合法は秘匿されている。

 絶対に、あれは本物だ。


「アホ。偽造なわけねぇだろ。あんな簡素な、しかも個人的な手紙を陛下が出すわけねぇっつーことで、偽造と断定されたんだ」

「そんな無茶苦茶な……」


 リズは肩をすくめた。


「ノトたちが逃げ出さなければ、審査官が行って、少なくとも偽造については容疑が晴れるはずだったんだ。窃盗の疑惑は生まれるだろうが、少なくとも女王陛下から直々に手紙を賜るほどの人物かもしれないとなれば、扱いは変わっていただろう。どうしてあんなに派手に逃げ出したりなんてしたんだ? あそこまでされたら僕らでもどうしようもない」

「ぐ……」


 シャルムがついたため息に、俺は何も言えなかった。

 強引に話題を変えることにする。


「そ、それで、調査は、まさかお二人で?」

「んなわけねぇだろ。森からばんばん炎が上がるもんだから、こりゃお前らかもしれないと思って、いてきた」

「撒いて……」


 ついてきたのは特級持ちだろうに。

 相変わらずだな。この人たちも。


「――で、いいのか?」

「何がです?」


 リズが指差した方向に振り返る。


「ドラゴン、逃げてったぞ」

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